メタバースによって、人間のマルチ人格化が加速する

メタバースの開発によって、特定の巨大空間が、もう一つ誕生するわけではありませ ん。uni(=単一)verse(ユニバース)ではなく、multi(=多重・多数・多元)verse (マルチバース)が生まれるのです。

複数の仮想世界が、並行して膨大に存在するようになるのです。量子力学を研究する学者は「我々が存在する宇宙とは別に、無数の多元宇宙が存在する」という仮説を唱えてきました。4次元どころか、5次元・6次元・7次元......とたくさんのマルチバースが連なっているというのです。現実の宇宙空間が、ユニバースではなくマルチバースかどうかは私にはわかりません。

しかし少なくとも仮想空間上では、お互いが干渉せず独立したメタバースが、何億個も膨大に存在するようになるはずです。Aさんがログインするメタバースでは、Aさんが大統領として世界を統治する。

Bさんがログインするメタバースでは、世界の食糧危機に対応するためにワールドワイドの農業ベンチャーCEOとしてがんばる。Cさんがログインするメタバースでは、『スター・ウォーズ』のバトルが延々と繰り広げられる。

メタバースは重層的に生まれるはずです。私たちは無意識のうちに、職場や学校・プライベートでパーソナリティを器用に切り替えています。家族と一緒にいるときには、職場なり学校なりで振る舞う自分の姿はそのまま見せない。気の置けない友達と一緒にいるときには、タメグチでぶしつけな言葉遣いを平気でする。職場にいるときには部長や課長といった職責をまとい、それなりの「権威の衣」を着て振る舞う。

ひとりの人間の中に多様な「自分(分人)」が存在する。作家の平野啓一郎さんが著
書『私とは何か「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)でこの「分人主義」を提唱しました。

メタバースが広まるにつれて、人々は仮想空間上でも「分人」として振る舞うようになるでしょう。空間A・空間B・空間Cではそれぞれ性格も職業も違っており、つき合う仲間も全く異なる。これから20〜30年のうちに、人間のマルチ人格化がものすごい勢いで加速化し、可視化されるはずです。

中年男性が美少女のアバターを選ぶ、外見と人格の関係性

メタバースによって個人のアイデンティティが変容していくにつれて、一つの疑問にぶつかります。それは、私たちは「自分自身がどんな人間なのか、本当に知っているのだろうか?」ということです。「そんなの当たり前だろ、自分のことは自分がよく知ってるよ」という方も、ちょっと考えてみてほしいのです。