シリコンバレーに限らず、米国でVCから調達したスタートアップは統計的に半分以上は失敗する、というのは前回記事(『日本の“早すぎる上場”はスタートアップエコシステム全体にとっての損失──持つべき4つの視点』)で述べた。失敗するとその起業家はどうなるのか。多くの起業家はGoogleやMicrosoftなどの大企業にアクハイヤー(人材獲得を目的として事業がたち行かなくなったスタートアップを投資原価やそれ以下の金額で買収すること)されるか、再び起業するか、またはその両方だ。

アクハイヤーもされず、再起業もしない人は、大企業や他のスタートアップに雇用される。起業経験のある人材は、MBAを卒業したての人材に引けを取らず、またはそれ以上に重宝される。一定の学歴や職歴がある人が、「起業したが失敗してキャリアの窮地に陥る」ということはあまり考えにくく、ある意味、実質的なセーフティーネットが存在しているといっていい(もちろん、精神的には失敗した起業家は絶望し、投資家に説明したり社員を解雇したりなど、耐えがたいプロセスが山ほどあるが)。

セーフティーネットが多くの起業家の動機にも織り込まれてるので、起業するにあたってキャリア的に背水の陣を敷く感覚は、米国ではほぼないといっていいだろう。

日本のキャリア観も変わってきている

日本では、経歴に関わらず起業家に実質的セーフティーネットが存在しているとは、まだ言えない。むしろ銀行融資における起業家の個人保証などは、その逆を行く発想で、落とし穴に槍が仕掛けられているようなものだ。その他、失敗に対する社会的スティグマ(偏見)や、失敗しなくても鳴かず飛ばずのスタートアップを売却しにくいなど、起業に対する「リスク」がまだ米国に比べてはるかに高いと言える。

よいニュースは、それが少しずつだが変化してきている、ということだ。少なくとも国内のテック企業の多くは、その成功・失敗にかかわらず、起業経験のある人材を積極的に採用している。融資の個人保証についても、大手銀行を中心に見直しが進んできている。

なにより重要なのは、起業を考える人にとってのキャリアやリスクに対する捉え方の変化だ。

僕が20年前にDeNAに転職したとき、「大手銀行を退職してベンチャー企業へ」というテーマの新聞記事に、名前が載ったことを記憶している。今思うと滑稽な話だ。それから10年がたった2010年ごろを振り返ると、大手企業からテック企業やスタートアップへの転職は当たり前になった。そして今は、大手企業からスタートアップへの転職はもちろん、起業してもそれだけで新聞記事の取材対象になることはないだろう。