人材の流動化は確実に進んできた。さらに今から10年後はどうなっているか想像したい。優秀であれば優秀である人ほど、周りで起業したり、スタートアップに参画することを選ぶ人が多くなるだろう。その中のほんの一部は、大企業での出世では得られないほどの金銭的な成功を収めるかもしれない。

だが金銭的な成功より重要なことは、成功しなかった人の多くも、槍つきの落とし穴にはまることなく挑戦を続け、起業という選択に後悔せず素晴らしい人生を送ることだ。

シリコンバレーの有名な投資家ポール・グレアムが2007年に書いたエッセイを最近読み返して、ちょうど今の(またはまもなく始まる)日本の雰囲気に近いのではないか、と嬉しい気持ちになった。このエッセイは、今や世界で最も著名なアクセラレーターとなったYコンビネーターのために書かれたものだ。2005年、Yコンビネーターの第一期スタートアップはたったの8社だった(現在は1バッチ300社以上)。

Y Combinatorを始めて2年がたった。最初のバッチ8社のうち、4社は買収されてファウンダーは一定の金持ちになった。成功確率50%は異常値かもしれないが、25%くらいは継続できそうな気がする。


残りの4社も、ひどい経験とはなっていない。3社は清算したが、ファウンダーはまもなく次のスタートアップを始める。残りの1社はもう少し粘って、最終的に作ったソフトウェアを25万ドルで売り、投資家に元本を返したあとでファウンダーも1年分の給与くらいの収入は得た。その後、Justin.TVというイケてそうなスタートアップ(現在のTwitchの前身)を始めた。


つまり起業して後悔している割合は0%だ。こっちは異常値ではなさそうだ。会社勤めをしとけばよかったと思っているファウンダーはゼロに近い自信がある。


こんないい話なのに、なぜみんな起業しないのだろうか。

(ポール・グレアムのブログ記事「Why to Not Not Start a Startup(スタートアップを始めない理由)」より抜粋、要約)

2030年代には終身雇用制の意味がなくなっていく

2030年代の日本では、優秀で行動力のある人にとって、終身雇用制はなんの意味も持たなくなるだろう。上のエッセイが書かれてから15年後の現在の米国のように、スタートアップを興すこと、またはそれに参加することのリスクとリワードが明確になっているはずだからだ。

米国に比べ、これまで存在感を保ってきた日本の大企業は、その強みの柱である終身雇用制の崩壊を目の当たりにするだろう。社員(特に優秀な社員)が、引退まで会社にコミットする前提を変える必要がある。

そもそも日本の新卒一括採用と終身雇用の組み合わせは、世界でも非常にユニークな存在となってしまった。高度経済成長期に適したこの雇用制度は、今はイノベーションの妨げになっていると言ってよい。それどころか、そもそも国民の生活の安定を守る役割も果たしていない。正社員を解雇できない企業は、株主利益を守るために非正規社員を調整弁にするからだ。1984年に約15%だった就労者に占める非正規社員の割合は、2021年には約37%に増え、貧富の差拡大の原因にすらなっている。

キャリアや雇用よりも大きい話として、スタートアップエコシステム全体がR&Dに取り組み、多くのスタートアップが切磋琢磨した結果、その一部が大成功するという仕組みは、非常に生産性が高い。それが今後の経済成長のために欠かせない、ということは世界で証明されてきた。大企業の業績も、雇用制度も、貧富の問題も、その前進は経済成長あってこそであり、経済の参加者(企業・政府・人材)は皆、雇用制度の変化・キャリア志向の変化に適応していかなければならない。