起業家として巣立つ優秀な人材を支援し、プラスに作用させる

手前味噌になるが、人材を重要なアセットとする企業が、起業のために巣立っていく人材をマイナスではなくプラスに作用させている例として、DeNAとデライト・ベンチャーズの取り組みについて触れたい。

2019年に設立したデライト・ベンチャーズでは、その投資事業の一環としてベンチャー・ビルダー事業を行っている。その役割は、企業に所属しつつも起業を志し、最初の一步が踏み出せないでいる人材の独立を助ける、というものだ。現在では起業家候補生の出身母体はさまざまだが、開始当初はDeNAの現役社員を中心に起業支援してきた。

デライト・ベンチャーズでは、退路を絶った起業だけではなく、副業または出向による、リスクを抑えた形での事業創出を支援している。プロダクトのプロトタイプを作るまで、本人にはキャリア上のリスクはない。会社を辞めていないので、起業を諦めても、元の仕事に戻ることができる。立ち上げコストはデライト・ベンチャーズが出し、本人の金銭的負担はゼロだ。ビジネス上、最も不確定要素が大きい立ち上げ期の市場調査・PMFを経て、プロダクトのトラクションが見えてきた時点で、本人は現職を退社し、新会社の過半数の株式を取得して、外部のVCからさらに資金調達してスピンアウト、となる。

このスキームでは、DeNAにとっては優秀な人材がデライト・ベンチャーズに勧誘され、スピンアウトが成功した暁には社員を失ってしまうことになる。これがなぜDeNAにとってよいことなのか。

DeNAのようなテック企業は、新卒採用こそするが、社員は終身雇用を前提として入社していない。そしてこれまで多くの起業家を輩出してきた。デライト・ベンチャーズに勧誘されなくても、他のVCやテック企業から常に声がかかるのだ。

DeNAからすると、関係を持たないVCや他社に引き抜かれるくらいなら、LPとして出資するデライト・ベンチャーズの投資先スタートアップとして成功してもらって、関係を続けたほうがはるかによい。失敗した暁には、出戻ってもらう可能性も高まる。さらには、起業というキャリアパスを支援するDeNAは、転職先・就職先としての競争力を高められる。いずれ独立するべき人材が起業するのが早まるだけで、戦略的なメリットが大きいのだ。

以下も、先に引用したポール・グレアムのコラム「Why to Not Not Start a Startup」からの抜粋・要約だ。