膠着するウクライナ戦争、突如として始まったハマスとイスラエルの軍事衝突、緊迫する台湾情勢。特集『総予測2024』の本稿では、ソ連崩壊や米国の金融危機を言い当てた歴史人口学者で、「世界最高の知性」の一人と言われる、エマニュエル・トッド氏に分析と予測を聞いた。(ジャーナリスト 大野 舞)
日本はウクライナ戦争の
正しい情報を得られていない
――トッド氏はウクライナ戦争の原因と責任は米国やNATOにあると指摘されています。
これは米シカゴ大学の国際政治学者ジョン・ミアシャイマー教授の見方で、私は彼の意見に賛同してきました。ロシアは以前から、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)の加盟国になることは許さないと公言していました。
ウクライナはNATOの正式な加盟国ではありませんでしたが、2014年のロシアによるクリミア併合後、米国や英国、ポーランドはウクライナ軍の再軍備化を進め、事実上の加盟国となっていました。西側が一歩譲ることもできたはずです。ある国が戦争を決めたからといって、戦争そのものに責任があるとは限りません。
――ウクライナ軍の反転攻勢は失敗だったのでしょうか。
日本も含め西側諸国はこの戦争が始まってから、正しい情報を得られていないということを知るべきです。例えばウクライナ軍の能力がずいぶんと誇張して語られているのもその一つでしょう。これは私に言わせるとロシアが「控えめに」戦争を始めたから可能になった見方です。
ロシアとウクライナでは、国の規模があまりにも大きく違います。ウクライナの人口は今およそ4300万人ほどですが、その一部はロシア語話者で、ロシアと戦争などしたくない人々です。ウクライナ政府を支持するウクライナの核となるのは2500万人ほどでしょう。一方で、ロシアの人口は約1億4500万人に上るのです。
ロシアは最初12万人の兵士を戦場に送りました。これに対してウクライナ兵たちは米国から供給された対戦車ミサイルなどを使いながらよく戦ったわけです。そこでロシアは後退をした上で、新たに兵士を招集し、軍需産業を再始動し、本格的に戦争へと突入していったのです。そこからだんだんと明白になっていったことは、米国の無能さでした。ロシアは早々につぶされると思われていましたが、いまだにウクライナにミサイルは落ち続けているのです。
――米国の武器の供給力は低下していますが、天然ガスの輸出量は急増しています。米国が衰退する可能性はあるのでしょうか。
米国が現実的な意味で取り戻せたものの一つが、エネルギー生産です。しかし、米国の主な生産物であり、米国の覇権を支えてきたものは、「架空的」な側面を持ったドルなのです。私は基軸通貨であるドルこそが米国の「呪い」だと捉えています。これは経済でいう「オランダ病」のようなものです。
次ページでは、米国経済の“真の実力”を、歴史人口学者のトッド氏が明かす。また、中国と台湾の軍事衝突が起きれば、「米国は台湾を見放す」と見立てる理由とは?さらに、イスラエルとハマスの仲介役になれる国まで、一挙に明かしていく。