起業家、投資家としての手腕も買われた伊藤氏
伊藤穣一氏は、日本のテック産業で広く知られる存在である。TwitterやFlickrなど名だたるネットサービスの投資家として知られ、日本でも東証一部に上場するデジタルガレージの共同創業者を務めるほか、ソニーやカルチュア・コンビニエンス・クラブなど名だたる大企業で取締役などを務めた。
最近では、NHK教育テレビ「スーパープレゼンテーション」でナビゲーターを務めたことで世間一般での知名度も高まっていた。2011年、伊藤氏がメディアラボ所長へと就任した際は、学位を取得していない人物の選任という「異例」の人事が注目を集めたが、彼の実績を考えても適任だという声が出てくるほど、業界内では知名度のある存在であった。
「#MeToo」ムーブメントに連なる事件の重大性
事件の重大性は、たんに伊藤氏が有名人だからという点ではない。そこには3つの重要なポイントが指摘できる。
まず、この事件が2017年から続く「#MeToo」ムーブメントの延長線上の出来事として理解される点だ。今回、The New Yorkerで記事を執筆したのが、ローナン・ファロー氏。同氏は、MeTooムーブメントのきっかけとなったハーヴェイ・ワインスタイン被告によるセクハラの調査報道記事を執筆したことで知られる。
驚くべきことに、ファロー氏は女優ミア・ファロー氏と映画監督ウディ・アレン氏の実子であり、最近ではミア・ファロー氏が「(アレン氏の子どもではなく)フランク・シナトラの息子かもしれない」と明かしたことで話題を集めた。セレブリティの息子でありながらジャーナリストとして申し分のない実績を上げている同氏が、この問題を1つの研究機関の醜聞としてではなく、アメリカ社会を揺るがすムーブメントのなかに位置づけていることは想像に難くない。
当初メディアラボに批判が集まった際、業界の著名人らが伊藤氏を擁護するサイトを立ち上げたが、メディアラボの院生アルワ・ムボヤ氏は「なぜエプスタインによって傷つけられていた少女に心を傷めなかった人が、伊藤が職に留まることを気にかけるのでしょうか?」と批判した。おそらく伊藤氏を擁護した人々は、この問題が#MeTooムーブメントに連なる重大な局面にあるという認識はなかっただろう。
NYTは「最も酷い真実を印刷しなかった」
もう1つは、本件がThe New Yorkerで報じられる前に、The New York Times(NYT)に持ち込まれていたものの、根幹部分が報道されなかったという疑惑だ。これは、ジャーナリストのジーニ・ジャーディン氏が指摘しており、内部告発者がすべてを話したにもかかわらず「最も酷い真実を印刷しなかった」と述べている。