私たちはふだん、人体や病気のメカニズムについて、あまり深く知らずに生活しています。医学についての知識は、学校の理科の授業を除けば、学ぶ機会がほとんどありません。しかし、自分や家族が病気にかかったり、怪我をしたりしたときには、医学や医療情報のリテラシーが問われます。また、様々な疾患の予防にも、医学に関する正確な知識に基づく行動が不可欠です。
そこで今回は、21万部を突破したベストセラーシリーズの最新刊『すばらしい医学』の著者で、医師・医学博士の山本健人先生にご登壇いただいた、本書刊行記念セミナー(ダイヤモンド社「The Salon」主催)の模様をダイジェスト記事でお届けします。(構成/根本隼)
Q. 先端巨大症(巨人症)の原因となる物質は?
①甲状腺ホルモン
②成長ホルモン
③アドレナリン
④インスリン
A. ②成長ホルモン
成長ホルモンは、人体の発達に不可欠な物質です。このホルモンの作用によって、子どもから大人になる過程で、体の大きさや機能がダイナミックに変化します。
ただし、過剰な量が分泌されると、身長が異常に高くなったり、鼻やあご、手足などが大きくなりすぎたりする「先端巨大症(巨人症)」の症状が出ることが知られています。さらに、このアンバランスな成長が原因で、糖尿病や高血圧といった病気も引き起こしやすくなってしまいます。
原因のほとんどは、脳の「下垂体」という、成長ホルモンを分泌する部位にできた腫瘍です。
もともとプロ野球選手で、その後レスラーに転向したジャイアント馬場さんは、身長が209センチ、体重が135キログラムありました。彼の体がこれほど大きかったのも、成長ホルモンの過剰分泌が原因です。
彼がプロ野球選手だった18歳のとき、視力が突然急激に低下したため精密検査を行なったところ、下垂体に腫瘍が見つかり、手術で摘出しています。
視力が急に落ちたのは、下垂体のすぐ近くを視神経が通っていて、下垂体の腫瘍が大きくなったことで視神経を圧迫したことに起因していました。
解剖用の遺体を集めるためにやった「やばい行為」
ドリトル先生のモデルともされる、ジョン・ハンターというイギリスの外科医をご存じでしょうか。生き物に対して異常なほど強い知的好奇心があり、生涯を通じて、無数の昆虫や動物の標本を作り上げ、自宅にコレクションを築いた人物です。このコレクションは、いまはイギリスにあるハンテリアン博物館に納められています。
彼はとりわけ人体に興味があり、墓掘り泥棒を雇って死体をたくさん集めて解剖し、体の構造を調べました。彼が人体を集めた手段は倫理的に大問題ですが、解剖学の知識の向上に大きく寄与した点が評価され、医学史にその名を刻んでいます。
有名なエピソードをご紹介しましょう。ハンターは、身長が243センチもあったアイルランドのチャールズ・バーンという人に関心を持ち、「あの大きな体を解剖してみたい」という欲望にかられました。
そこで彼は、ほかの解剖学者より先に死体を手に入れようと、バーンの死期が近づいたときに見張り番を雇いました。そして、亡くなったばかりのバーンの遺体を盗み出してしまったのです。
こうして、ハンターのコレクションに、チャールズ・バーンという巨人の標本が加わりました。
そして、ハンターの死後約100年経ってから、「近代脳外科の父」と呼ばれるアメリカの脳神経外科医ハーヴェイ・クッシングがこの標本を見たところ、脳の下垂体付近の骨格が異常に大きいことに気付きました。
こうして、バーンの体が異常に発達した原因が「脳腫瘍」だということを突き止めたのです。
ハンターは、恐ろしいほどの知的好奇心でこの標本を作りましたが、巨人症の原因究明には至らなかった。それから約1世紀後、クッシングがその標本を調べて、病因の医学的なメカニズムを発見したという面白いストーリーです。
(本稿は、ダイヤモンド社「The Salon」主催『すばらしい医学』刊行記念セミナーで寄せられた質問への、著者・山本健人氏の回答です)