戦時の商社#11Photo:Schroptschop/gettyimages

脱炭素を実現するまでの移行期の中核的なエネルギーと目されるのが液化天然ガス(LNG)だ。現在も世界市場は毎年4%成長しており、三菱商事や三井物産もLNGビジネスの拡大を狙っている。だが、そこに“伏兵”が現れた。長期契約が主流だったLNGの世界市場でスポット取引が増えたことをチャンスとみて、石油メジャーや欧州の資源トレーダー、そして中国企業が参入し始めたのだ。商社は新時代のLNGビジネスに適応できるのか。『戦時の商社』(全16回)の#11では、三菱商事と三井物産のドル箱を脅かす新たな伏兵の正体に迫る。(ダイヤモンド編集部 金山隆一)

三菱・三井のLNGビジネスを脅かす
新興勢力の恐るべき手口とは

 資源商社2強の三菱商事と三井物産には、それぞれ石炭、鉄鉱石という“ドル箱”がある。だが、脱炭素の実現に向けて、それらと同等以上に重要になる収益源が液化天然ガス(LNG)ビジネスである。

 すでに、両社の利益の2~3割を占める稼ぎ頭であり、LNG市場は年率4%で需要が伸び続けている。石炭に比べ、4割以上も二酸化炭素(CO2)の排出が少ないため、脱炭素時代に移行するまでの現実的なエネルギーとして注目されているからだ。

 実際に、欧米の石油メジャーも、産ガス国のカタールや米国も、LNGの新規開発の手を緩めていない。三菱商事も三井物産も声高に言わないが、LNGの開発にはいまも力を注いでいる。

 しかし、日本の商社がLNGの需要拡大の恩恵を享受できるかというと、疑問符が付く。なぜなら、LNGビジネスのプレーヤーや商習慣などが激変しているからだ。

 最大の変化は、ロシアによるウクライナ侵攻で、欧州がロシアから輸入していたガスの購入を止めたため、世界のLNG市場でスポット取引が急拡大していることだ。これがLNG価格を高騰させ、アジアを中心としたLNG輸入国を混乱させた。百万BTU(英熱量単位)当たり10~20ドルで推移していたスポット価格は96ドルまで急騰した。

 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の試算によれば、ウクライナ危機後の資源価格の高騰によって世界各国が上乗せして支払わなければならなかったLNGの対価は2700億ドルに達する。

 問題は、この戦時に出現したLNGスポット取引市場が今後も拡大していく可能性が高いことだ。JOGMEC調査部の白川裕氏は「2022年にLNGの世界市場で35%まで広がったスポット取引は、31年には5割まで拡大する可能性がある」と指摘する。

 実は、今回のスポット価格高騰による日本の損害は最小限で済んだ。日本はLNGを原油価格に連動する長期契約で購入しているため、スポット価格の高騰による影響を受けにくかったのだ。しかし、スポット取引はもうかるとみた英蘭シェルや英BP、仏トタールなどの石油メジャーや、ビトール、トラフィギュラ、ガンバー(グンボル)といった欧州の資源商社が大挙してLNGトレーディングのスポット市場に参入した。

 さらに、日本最大のライバルがこのLNGトレーディング市場に参入し、恐るべき手口で商社に近づいていることはあまり知られていない。

 次ページでは、三菱商事と三井物産のドル箱を脅かす新たなライバルの正体とその破壊力を明らかにする。