「わさびを食べるシーンで何を思いつきます?」と問われ、刺身、寿司、そばまで挙げたところで後が続かない。「日本原産なのに、唐辛子やこしょうに負けている。わさび屋が食べ方や魅力をもっと提案していかないといけないんです」。わさびを愛する男は熱く語り始めた。静岡県三島市でわさびの加工、製造、販売を手がける山本食品、4代目社長の山本豊氏だ。(取材・文/大沢玲子)
山本食品は1905(明治38)年創業。佃煮を自転車で売り歩く引き売り業からスタートし、2代目社長(祖父)が地元の伊豆天城産のわさびを使ったわさび漬を手がけたのを機に今に至る。79年には故会長(父)が本社内に、わさび漬の製造工程を見学しながら土産物を購入できる業界初の施設を造り、2006年には山本氏が「三島わさび工場」を静岡県函南町に新設開業。日帰りバスツアーのブームも追い風に事業を拡大していく。
だが、「東日本大震災による自粛ムードや格安バスツアーブームの沈静化、若い世代の“わさび離れ”など、いつしか時代の変化に対応した新たな施策が求められるようになっていました」と山本氏。
危機感を募らせる中、そこに加わったのがコロナ禍だ。コロナ禍以前は年間3000台ものツアーバスが訪れていたのが、わずか30台にまで激減。少しずつ新しい試みに着手していた山本氏は、抜本的な改革に挑むこととなる。
団体客から個人客向けに
販売戦略をシフト
その一つが、個人客にフォーカスした戦略の転換だ。ツアーバス出発までの短い時間で団体客に土産物を売りさばくスタイルから、「個人客がゆっくりと滞在を楽しめるよう施設の趣向に工夫を凝らしました」(山本氏)。三島わさび工場から、「伊豆わさびミュージアム」へと名称も変更し、室内栽培の本格的なわさび田、わさびの歴史を学べる展示やパネルコーナーも併設。他にはない、わさびをとことん満喫できる施設へと生まれ変わった。
二つ目がユーチューブチャンネルの開設。県外への移動が難しいコロナ禍の中、山本氏自らがバイクで全国のわさびの産地を訪問するなど、ユニークな切り口でわさびの魅力を発信。もともとパワーあふれるキャラクターからメディア出演も多く、会社の顔として“わさびのインフルエンサー”の地位も確立していく。