温度変化で器に桜が浮かび上がる――伝統工芸の世界に変革を巻き起こす

 17度以下の冷たい飲み物を注ぐと、白い平盃の底に満開の桜が浮かび上がり、グラスに白く描かれた花火の絵柄が空に打ち上げられたかのような間合いで鮮やかに色づく。そんな画期的な酒器・グラスを、「冷感シリーズ」という名で手がけ、注目を集める会社がある。美濃焼の産地、岐阜県多治見市で陶磁器卸・製造販売を手がける丸モ高木陶器だ。

 1887年の創業後、伝統工芸の世界で飲食店・ホテルなどの業務用陶磁器販売・開発の総合商社として成長してきた同社が、なぜ新機軸に挑むに至ったのか。その立役者となったのが、現在、代表取締役社長を務める5代目・髙木正治氏だ。(取材・文/大沢玲子)

海外での和食人気を受け
海外市場を積極的に開拓

温度変化で器に桜が浮かび上がる――伝統工芸の世界に変革を巻き起こす代表取締役社長・髙木正治氏

「大手洋食器メーカーに3年間勤めた後、家業に戻り、国内の飲食店、ホテルなどの営業に従事しました。和食の名店や料理人の海外進出が増えていると聞き、各国に足を運ぶようになったことが、単純に“モノ=陶磁器”を売るスタイルから脱却する契機となりました」(髙木氏)

 折しも2013年12月、和食がユネスコ無形文化遺産に登録。「今こそ和食とともにメード・イン・ジャパンの飲食器を世界に展開するチャンス」と考え、香港、中国・北京やカナダ、フランス・パリなどのイベントにも積極的に出展。さらに、海外で活躍するトップクラスの料理人や日本大使館の公邸料理人などと会い、話を聞く中でさまざまな刺激、インスピレーションを得たという。

温度変化で器に桜が浮かび上がる――伝統工芸の世界に変革を巻き起こす冷たい牛乳を注ぐとにっこりスマイルの動物が浮かび上がる「牛乳スマイルグラス」。コロナ禍で酪農関係者を支援し、休校中の子どもと親との会話のきっかけにと開発

「海外の地で和食ならではの季節感を生かし、冷たいものをどう魅せ、温かいものはどう提供するか、温度一つ取っても繊細に気配りしていることに感銘を受けました」(髙木氏)。大事にしている北大路魯山人の名言「食器は料理の着物」という言葉を胸に、料理の一部としてそのうま味を引き立てる器の在り方を摸索するうちに、“温度”を可視化するというアイデアが生まれる。「大きさ、強度、配色ぐらいしか個性を出すポイントがなかった焼き物の世界で、熱さや冷たさを可視化できたら、美濃焼の1300年の歴史の中で初のイノベーションにつながるのではと考えたのです」(髙木氏)。