今年1月下旬、海外に居住する20人近くの華僑・華人リーダーが、中国人民政治協商会議上海市委員会の招きを受け、上海で開催される座談会に参加した。私もその一員だった。

 上海市政府の仕事に対する提案や意見などを聞くという趣旨で開かれたこの座談会で、私は外国人、特に日本人の中国訪問ビザの取得の難しさと外国人の中国での決済手段の乏しさなどの問題を取り上げ、その改善措置を速やかに考えるべきだと強く訴えた。

 多くの座談会参加者が私の意見を支持してくれた。特にメキシコの華僑リーダーは、日本の交通カードであるSuica(スイカ)を例に挙げ、上海市も交通カードという在来の決済ツールを生かすべきだと提案した。

 私たちの発言を聞いた上海市政府の幹部は、その場で「責任を持って決済などを主管する副市長に報告します。みなさんの意見と提案は非常に地に足が着いたもので、実際の改善措置として採用しやすいものです」と胸をたたいた。

 3月に入ってから、中国人民銀行(中央銀行)上海本部は、上海居住の外国人向けに生活シーンをカバーする多様な決済方法を提供するとともに、外国人が決済サービスを利用するための決済サービスガイドの作成も始めた。

 3月14日、中国人民銀行本部は、中国を訪れる外国人の支払い問題を解決するための一連の対策の実施に踏み切り、海外からの外国人向け支払いガイドラインを発表した。

 さらに3月18日には、外国人向けデジタル人民元の支払いガイドラインも発表。210余りの国や地域の携帯電話番号によるアカウント登録とウォレット開設をサポートするようにした。

 デジタル人民元ウォレットの開設は、運営機関の銀行に口座がなくても可能とし、匿名のウォレットは、銀行窓口での手続きやパスポートなどの身分情報の提供、中国国内の銀行に口座を開設する必要もなく開通できるとしている。なお、匿名のウォレットでの支払いは1回当たりの支払額の上限が2000元(約4万円)、1日当たりの上限は5000元(約10万円)に制限されている。

 中国側の報道を読むと、いろいろな措置が実施され、外国人訪問客の決済問題はかなり解決できるように見えた。

「不便さは依然として解決されていない」

 しかし、最近中国を訪問した日本のビジネスパーソンや駐在員の家族として中国に滞在している日本人女性は、「決済の不便さは依然として解消されていない」と不満を訴えている。

 大手通信社に勤める男性社員は、次のように指摘した。

「交通カードのSuica化に賛成です。日本の普通の観光客に、アリペイやウィーチャットペイの登録、ひも付けを求めるのは無理があります。次点はアリペイが進めている、海外モバイル決済との提携対象にPayPayを加えることでしょう。このスキームで、すでにアリペイ利用者は日本でPayPay決済ができます」

 ただ、電子決済の障壁になるのは「身分確認」という問題だ。身分証がないと中国での生活で大きな壁にぶつかる。

 広州に住む日本人女性は、自らの生活体験を通して次のように語る。

「広東省のシェアサイクル大手は、美団、青桔、Helloの3社。このうち、美団、青桔はユーザー登録に身分証番号が必要なため、外国人は利用できない。外国人が利用可能なのはHelloのみ。

 見えにくい部分にも、この身分確認の影がかかる。美団などの割引クーポンを銀行カードなどとひも付けておかないと、もらえないとなっているが、銀行カードひも付け時には、身分証が必要となってくる」

 これらの問題のいずれもが、外国人の中国滞在生活の品質を落としてしまう。自然に中国に対する好感度にも影響してしまう。

 なお、海外で使えるSNSのほとんどは、中国では使えない。外国人が中国に着いてから、使い慣れたSNSを通して家族に安否を知らせようとしてもなかなかできずに困っている。外国人の訪中を激減させる三つ目の原因はまさしくこのあたりだろう。

 こうした問題を解決しないと、外国人の訪中人数は増えてこないだろう。問題解決に時間がかかりすぎると、中国に対する関心も倍以上のスピードでなくなってしまう恐れがある。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)