養老 イギリスにはロイヤル・ソサイエティ(王立学会)という王族や貴族も名を連ねる民間の科学団体があって、正式名称は「自然についての知識を改善するためのロンドン王立協会」(The Royal Society of London for Improving Natural Knowledge)。実験科学ではなく、生物学などのより博物学的な科学をやっています。自然と触れることは、そういう人たちが気を抜くのにいちばんいい方法だからでしょうね。昭和天皇はイギリスに留学していたので、その雰囲気を知っていたのだと思います。

茂木 養老先生が解剖学を選んだ理由の一つとして、戦後に教科書を墨塗りした体験を挙げて、「死体は裏切らないから」とおっしゃっています。死体は死体のまま、解釈ひとつで態度が変わったりしない。天皇が生物学を勉強したのにも、それと共通するところがあるのではないでしょうか。

養老 大いにあると思います。正気を保つためにやっていたんでしょう。

茂木 正気を保つために蟲を見ていた。

養老 神様にまでされてしまって、いい加減にしてくれという気持ちがあったとしたら、ヒドロ虫でも見ているのがいちばんですから。昭和天皇はよく正気でいられたと思いませんか?そんなに普通の判断が狂っていたわけではないと思いますよ。

茂木 退位なさるべきだったと言う人もいますが、養老先生からすると、淡々と昭和を生ききったことは評価されることだと。

養老 そうです。そして、生物学はずいぶんその助けになったのではないでしょうか。

「やめよう」と言えなかった
昭和天皇に戦争責任はあるのか

東 最近の研究者のなかには、昭和天皇は戦争に対してわりと意見を述べていて、「平和を望んでいたのに戦争に巻き込まれた」という戦後のイメージと実態は違っていたのではないかと言う人もいます。