養老 それはないと思います。あの雰囲気の中で、ただ「やめましょう」とはとても言えないですよ。そんな簡単なもんじゃなかったと思います。判断は都度しなければならないし、下手をすれば宮中某重大事件(編集部注/大正9年、ときの皇太子裕仁親王と久邇宮家の良子女王の婚約をめぐって、宮中から元老、政界にいたるまで推進派と反対派にわかれて暗闘を繰り広げた)を繰り返してしまうこともわかっていたでしょうから。

茂木 神輿に担がれていて、とても降りられる状況ではなかったと。

養老 もちろんそうですよ。僕ら小学生まで、訳もわからないまま皇居に向かって最敬礼ですから。そういう神輿の担ぎ方は、明治の元勲が天皇を利用したことに端を発するのでしょうが、それが当時の日本の政治のあり方だったのだから、しょうがないと言えばしょうがないですね。

茂木 解剖学と同様、時代ごとに細かく見ていかないと捉えきれないニュアンスがあって、それを捉えないと、なぜこの決断をしたのかとか、なぜ社会が動いたのかがわからないのでしょうね。社会は複雑系で、本当は簡単な因果では説明できない。

養老 天皇陛下のせい、とは思わないわけです。ただ僕より少し上の人には「天皇嫌い」がけっこういて、井上ひさしなんかは、なんで怒るのっていうような話でも怒っていました。

東 天皇の話をするだけで怒るんですか。

養老 そうです。感情的に嫌いなんだなということがよくわかりました。堀田善衞も天皇嫌いだった。

茂木 石原慎太郎が絶対に「君が代」を歌わないというのは何だったんでしょう。

東 声を出さずに口パクだったと聞いたことがあります。

養老 知らないんじゃないの(笑)。