本来「大丈夫」は菩薩を指す
「立派な男子」から転じて伝来

菩薩の名前同書より転載

 誰しも一度は「大丈夫」という言葉を使ったことがあると思います。現在では、問題がない状態やあぶなげないこと、また、「大丈夫」と言われれば、心強さや頼りがいを感じます。

 そんな「大丈夫」も仏教語です。梵語ではマハー・プルシャと言います。マハーは「偉大な」、プルシャは「人間・男性」という意味で、つまり「偉大な人間、偉大な男性」のことを言い、それが転じて「菩薩」のことを指すようになりました。

「仏の十号」というお釈迦様を意味する十種類の呼び名があるのですが、その中に「調御丈夫」という呼び名があります。まるで御者(馬を操る人)が荒馬を調教するかのように、どのような救いを求める人であっても、上手く仏道へ導き救済する、「人を導くことに巧みな人」という意味です。

 ちなみに、中国では成人した立派な男性を「丈夫」と讃え、それに尊称である「大」をつけて、菩薩を「大丈夫」と呼ぶようになったそうです。

 その「大丈夫」が「立派な男子」という意味で日本に伝わり、「非常に強くてしっかりとして健康である」ことから、「間違いない、確かである」という意味で使われるようになりました。伝わり方は違っても、安心や心強さを覚える意味に転じていったのは、やはり、「大丈夫」が菩薩を表す言葉だからなのかもしれません。