4月下旬に1ドル=160円台と1990年以来34年ぶりの円安水準に振れた為替相場。生活を直撃する円安に警戒感を強めた岸田文雄首相は植田和男日銀総裁と会談し、“円安阻止”で歩調を合わせた。中央銀行の役割は本来「物価の安定」にあるが、金融政策は常に為替に振り回されてきた。そして今、かつて例を見ない「円安阻止のための利上げ」を試す可能性も出ている。果たしてその成否は――。(時事通信社解説委員 窪園博俊)
日銀が招いた円安で“9兆円介入”した政府
「通貨政策の不一致」の解消をアピール
根強いインフレを警戒する政府は、日銀に「円安の阻止」を迫った。だが、日銀の打ち手には限界感が漂う。
5月上旬、岸田文雄首相と植田和男日銀総裁が会談した。植田総裁は会談後、記者団に対し、「最近の円安について、金融政策運営上、十分に注視することを確認した」と語った。
会談では、政府と日銀が進行する円安の阻止に向け、歩調を合わせることが確認されたもようだ。これに伴って、金融政策は通貨防衛色が一段と強まるのは間違いない。
首相と日銀総裁の会談は珍しいことではない。四半期、あるいは半期に一度の頻度で金融・経済情勢で意見交換をする。ただし、今回の会談は異例だった。
植田総裁は3月にマイナス金利を解除した直後に岸田首相と会談したばかりだったからだ。さほど間を置かずに再会談したのは、日銀の情報発信の失敗によって円安が加速したからだ。岸田首相は急きょ、植田総裁を呼び出し、円安配慮の金融政策を要請したとみられる。
日銀の失敗とは、4月26日の植田総裁の記者会見が、円安容認と受け止められ、円が急落したことだ。同日は金融政策決定会合が開催され、金融政策は現状維持となった。想定された決定であり、金融市場は冷静に受け止めた。
問題は、植田総裁の会見だった。事前には「円安けん制のタカ派的な発言を行う」(大手邦銀)と期待された。ところが、タカ派的な発言はなく、会見中から円安が進展。同月29日の海外市場で、1ドル=160円まで円安が進むきっかけとなった。
この円安を食い止めるために、政府は大規模な介入を余儀なくされたもようだ。160円台に急落した円は、いったん円高方向に押し戻された。短期金融市場の資金需給の変動から推測すると、「約9兆円程度のドル売り・円買い介入を行ったのではないか」(短資会社)と推測される。
日銀が招いた円安を政府が介入で阻止するのは、通貨政策の不一致でもある。首相・日銀総裁の会談を通じて通貨政策の足並みがそろったところを金融市場に見せつける必要があったのだ。
足並みをそろえようともがく政府と日銀。次回6月の金融政策決定会合で、日銀は「円安阻止」へ向け異例の措置に打って出る可能性がある。次ページでは、今後の金融政策の動向と円安の行方を占う。