即時的なメリットを追求しがちな現代において、「大学は役に立たない」という意見も少なくない。そんな、世の中の言説と空気に東大名誉教授が答えた。本稿は、吉見俊哉著『さらば東大 越境する知識人の半世紀』(集英社新書)を一部抜粋・編集したものです。
理系学部は役に立っているか?
学部と就職は対応していない
――先生が『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書、2016年)で、「文系は役に立つ」と言いきられたことには異論はありませんが、しかし実際に目の前にいる文系学部の学生にとって「大学が役に立つ」とはどういうことか、やはり考えてしまう現実もあります。
ほとんどの学生にとって、大学は「大卒」の資格や就職に使える「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」を得るために行くところになっているかもしれない。そんな彼らが「高い学費を払っても、大学で学問に触れられてよかったな」と思えるためには、どうすればいいんでしょうか。
吉見 今の質問に答える前にひとつ聞いておきたいのですが、では、理系ならば大学教育は役に立っているのでしょうか?
――おそらく世の中では、そう思われていますね。文系より理系のほうが就職もよい、と。
吉見 しかし、1990年代末からですが、工学部の学生が大学で学ぶ分野と実際に就職する職場の分野が全然対応しない傾向が顕著になっています。就職後、専門を活かせているかという点では、文系のみならず工学系も大学で学ぶことがどんどん役に立たなくなっているのです。
それでも国の政策では、「役に立つ」人材を育成するために、大学で先端的なデータサイエンスや理系の教育をもっとやれと言っていますね。ITやデータサイエンスの教育を大学教育に導入すること自体に私は反対ではないのですが、しかし、だからといってそれで本当にそれらの教育を受けた学生が、その教育を活かす職に就けるわけではありません。昔のプログラマーのように、教育が技能研修的なものにしかならない可能性もあります。
要するに、そうしたことが必要だとしても、それが大学の本領ではないのです。私はAIが人間の知的想像力を超える日がくるとはまったく思いませんが、しかし比較的複雑な事務労働のかなりの部分は、これからAIに取って代わられるでしょう。専門知識の比較的単純な応用力だってコンピュータは人間を凌駕するはずです。
そうした技術革新にあわせて社会基盤が整備されていけば、かなりの職種がたしかに消える。そんな未来がもうすぐ先に見えてきているときに、「役に立つ」知識とはいったい何なのでしょうか? 本当は、「すぐ役に立つ」特定の先端技能を身につけさせるために大学があるのではありません。