名古屋の喫茶店のコーヒーチケット「キャッシュレスより便利でお得」な秘密があった!『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第89回は、名古屋の喫茶店の独特なシステムを紹介する。

マンガ喫茶の源流は名古屋?

 桂蔭学園女子投資部の久保田さくらの母は、老夫婦から老舗喫茶店の経営を「居ぬき」で引き継ぐ決意を固める。オーナーは経営の秘訣はスリム、シンプル、スローの3つのSであり、地元密着型で身の丈のあった商売の堅実さを語る。

 私の出身地・名古屋は独特の喫茶店文化で知られる。子どもの頃、週末はよくモーニングセットで家族一緒に朝食をとったし、学生時代はマンガ喫茶で延々と友人と時間を潰したものだった。のちにネットカフェに発展したコミックカフェの源流は名古屋とされる。

 名古屋の喫茶店が東京など他の都市圏のカフェと決定的に違うのは、地域のコミュニティーになっていることだ。土日に限らず、平日の午後や夕方、待ち合わせをするわけでもなくふらりと行くと、そこには誰かご近所の人がいて、話し相手が見つかる。常連が集まる飲み屋の感覚に近い。これは特に高齢者にとって貴重な空間だ。

 名古屋の喫茶店といえば過剰気味のモーニングセットが有名だが、常連を定着させる重要な仕掛けになっているのはコーヒーの前払いチケットだろう。11枚綴りのチケットが10杯分の価格で買えて1杯分お得、といった割引アイテムだ。

 最近、首都圏でも急激に店舗が増えた「コメダ珈琲店」でも割引チケットが買えるが、こちらは客自身が持って歩くタイプ。名古屋ではチケットは店に預けっぱなしにしておく。レジ横あたりの壁に短冊のようにぶら下がる名前入りのチケットはどこでも見かける風景だ。

 倹約志向が強い名古屋民にお得感をアピールする面もあるが、大きいのは「手ぶらで行っても大丈夫」の気軽さ。キャッシュレス決済どころか、チケットを買っておけば支払いの手間すらない。行きつけの店ならチケットを家族共用で使える。

 コーヒーに袋の豆菓子や小さなケーキなどちょっとしたおやつになるオマケがついてくるのも、小腹が空いた手ぶら客にはありがたい。

「ドラゴンズ一神教」の地、読売読者とバレたら…

漫画インベスターZ 11巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 コンテンツも居場所作りに一役買う。といっても、店内にテレビがある、新聞雑誌やマンガ備えてあるというだけの話なのだが、ニュースや芸能人のゴシップをネタにお客さん同士の会話が盛り上がるのだから、必要不可欠な集客要素だ。

 体感では、日経新聞が読める店は少ないが、老舗の喫茶店で中日スポーツを置いていないことは皆無に近いと思う。ドラゴンズは勝っても負けても盛り上がるキラーコンテンツ。ちなみに、私が子どもの頃は自宅で読売新聞を取っているとバレたら、それをネタにイジメられかねないほど「一神教」が強固だった。

 私自身は、雑誌の充実している近所の「コメダ」に週1くらいで通い、片っ端から情報誌やオヤジ系週刊誌や女性誌、マンガ雑誌を2時間くらいかけて読み倒すのを習慣としていた。全て購読すれば週に数千円かかるところを、コーヒー1杯分で済ませられる。上京してその機会がなくなり、連載マンガを追いかけるのを辞めて単行本派に転向した。

 長年かけて熟成されたゆったりとした時間が流れる名古屋の喫茶店の雰囲気は、まさに文化。帰省するたび、ふらりとのぞきに行っては常連さんたちの会話のざわめきの中に身を置いて、「これは東京にはないな」と浸ってしまう。

漫画インベスターZ 11巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 11巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク