コロナ禍が共産党統治体制への
絶望をもたらした

 こうしたなか、中国はコロナ禍に見舞われた。中国政府は厳格な隔離措置を軸とするゼロコロナ政策を3年にわたり実施した。当時、新型コロナウィルスの性質が十分に知られていなかったため、隔離措置を講じるのはやむを得なかった。ただ、ゼロコロナ政策を実施する現場では、1人の陽性者が見つかったら、エリア全体のすべての人を専用の施設に強制的に閉じ込めるなど暴力的な行為が多々あった。隔離施設に連れていかれた住民の家には、医療関係者や警察官とみられる人たちが許可なく侵入し、家中に消毒液をまき散らし、ペットも手あたり次第殺処分してしまった。こうした行動は中国の法律に違反する可能性がある。

 上海などの大都市では数カ月にわたって隔離措置が実施され、食料の供給も停止させられた。病院は医療崩壊に陥り、持病のある患者が治療を受けられず、犠牲になった人はSNSなどでたくさん報告されている。中国のエリート層は政府に対し不信感を抱き、コロナ禍が終息する前に自宅マンションを含めて保有する物件をすべて売りに出し、海外へ移住した。

 一方、低所得層の人々は先進国へ移住しようとしても、正規のビザを取得することが難しい。多くの人は中国のパスポート保持者に対してビザを免除するベネズエラなどの南米の国へ一旦入国し、そのあと陸路でメキシコに入り、アメリカへの入国を試みる。2023年に入ってから、メキシコからアメリカへ密入国する中国人が急増していると、アメリカのメディアは報道している。

書影『中国不動産バブル』(文春新書)『中国不動産バブル』(文春新書)
柯隆 著

 アメリカに密入国しようとする低所得層の多くは英語ができないはずである。アメリカに無事に着いたとしても、どのように生活をするのだろうか。なぜ彼らは祖国を捨てて、アメリカに渡ろうとするのか。中国人は幼いころから学校などで厳格な愛国教育を受けているにもかかわらず、どうして自分の国を捨てるようになったのか。

 答えは一つしかない。彼らは祖国というより、共産党統治体制に心から絶望したのだろう。中国の諺には「哀莫大於心死」というものがあるが、どんな大きい悲しみも、心が死ぬことと比べると、たいしたことではないという意味である。心が死ぬというのは、まさに絶望だ。コロナ禍の3年間は、中国が40年にわたり築いた経済の奇跡と人々の幸せな生活を一変させ、すべてを壊してしまった。