長年の研究を基に、「日本経済の『失われた30年』という通説は間違っている」と論じ、日本の未来に希望を見る話題の書『シン・日本の経営』、(副題は「悲観バイアスを排す」、日本経済新聞出版社、2024年)。その著者、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院のウリケ・シェーデ教授にインタビューした。全5回の連載でお届けする。最終回は、資本主義の行方と、その中での日本の存在意義について語ってもらった。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮)

資本主義の行方。より良い資本主義に向けての日本の存在意義ウリケ・シェーデ(Ulrike Schaede)
米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授。
日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などが研究領域。一橋大学経済研究所、日本銀行などで研究員・客員教授を歴任。9 年以上の日本在住経験を持つ。著書にThe Business Reinvention of Japan(第37 回大平正芳記念賞受賞、日本語版:『再興 THE KAISHA』2022年、日本経済新聞出版)など。ドイツ出身。
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現代の資本主義は問題が多いと
考える米国の若者

――本書の最終章は、「バランスをとって繁栄するシン・日本」として、日本が資本主義の先駆けになるという論調です。経済の成長と社会の安定などのバランスの課題を論じています。

  バランスをとることは、どこの国にとっても難しい課題です。例えば、経済が苦境に陥った時、レジリエンス(回復)において、再建のための変革と社会安定は、トレードオフの関係になりがちです。 

 米国はスピード優先です。株価下落など何かショックがあった際、そのリカバリーの時間が短くないと許されません。早期にリストラして、元に戻そうとします。米国の大統領選挙では、GDP成長率が重要な争点になります。低成長であれば、現職大統領はなんとかして早期に成長路線に戻そうとします。

 これに対して日本は、ショックからの回復に厳しい経済政策が必要だとわかっていても、それによる社会の混乱を避けることを優先します。そのために回復の期間が長くなることは仕方がないと考えるのではないでしょうか。経済回復に向けた変革のための制度の整備にも時間をかけます。例えば企業法の改革には6年間かかりました。働き方改革にも16年間をかけました。

 ただし、労働力不足という環境になって、今後は早くなるでしょう。雇用機会は十分にあります。一時的な失業はあっても、再雇用のチャンスはあります。

――やり方は日本と米国で異なるが、どちらが正しいということではない。それぞれの国のカルチャーの違いであり、それぞれの国民の選択だというのがシェーデ教授の主張です。

 米国は今、大変です。若者の中には、米国の資本主義は問題が多い、と言う人がとても多いんです。と言って、社会主義とかコミュニティズムとかが選択肢ではありません。

 資本主義はこれからどうなるべきだと考えると、多分もっとスローな、そしてもっとバランスの取れた社会に向けた資本主義ということになるのではないでしょうか。その意味で、日本は「シン・資本主義」のモデルになるのではないと思います。 

――日本がモデルになる可能性の理由は何ですか 

 人々や社会にとって、良い資本主義の可能性があるからです。株主だけのための、ウォール街だけのための、お金持ちだけのための、資本主義ではありません。社会全部のための良い資本主義です。そう向かっていく今日、日本はモデルになります。

 米国は、リーマン・ショックのグローバル・ファイナンシャル・クライシスから、まだ回復していないと思います。今でも米国の問題の原点はそこにあります。リーマン・ショックは、米国型資本主義の終焉であるかもしれません。ここまで言うのは、少し強すぎるかもしれませんが、今日、何か新しい資本主義を探すという動きはあります。それが、どういうものであるかはわかりませんが。

 前回2020年の米国大統領選の時に、民主党ではバーニー・サンダースが若者から支持されました。彼は社会主義者だと自ら言っていましたが、それでも多くの若者が支持しました。最終的にはバイデン大統領が選ばれましたが。サンダースと同じく候補に上がったエリザベス・ウォーレンは、プライベート・エクイティ(PE)に対する規制案を提唱するなど、金融資本主義への制限を唱えています。このように新しい資本主義を模索する動きは顕在化しています。