それにしてもニースの海は美しい。コートダジュールという言葉の意味が「紺碧海岸」なのだからそれもうなずける。光り輝くエメラルド色のビーチ。心地よく肌をなでていく乾燥した空気。パラソルが立てられた海辺のレストランでランチしていても、汗なんてかくことはない。ここは地上の楽園かと思ったほどだ。

 ニース市の姉妹都市がボクの住んでいる鎌倉市である。2009年、そして第100回大会となった2013年にニースを訪れてみて、「ああ、リゾートってこういうことなのね」と再確認するばかりで、鎌倉市民は脱帽するしかない。その年のツール・ド・フランスを取材した後に、湘南海岸に足を運んだときの敗北感といったらありゃしない。

 第100回大会のときはツール・ド・フランス史上初めて地中海に浮かぶフランスのコルシカ島を訪問。さすがにこの景観は見事としかいうことがなく、大会4日目に飛行機でフランス本土のニースに渡るのだが、ニースの海岸が色あせて見えたくらいだ。

 地上には死ぬまでに見てみたい絶景がいくつかあるはずだが、ツール・ド・フランスを追いかけているうちに思わず立ち尽くしてしまうような景観を目の当たりにすることも多い。選手たちを追いかけて5000kmもクルマを運転していると、地球の丸さがなんとなくわかる気にもなる。こんな壮大な規模のスポーツイベント、そんなにないと思う。

 ニースは近年、スポーツの国際大会の招致に積極的だ。FIFAワールドカップやラグビーワールドカップではニースのスタジアム「スタッド・ド・ニース」が試合会場として使われた。2023ラグビー・フランス大会のグループリーグ「日本対イングランド」が行われたのもスタッド・ド・ニースだ。

 ハワイ島コナで誕生したアイアンマン・ワールドトライアスロンチャンピオンシップは、これまでトライアスリートの聖地ハワイでしか開催されていなかったが、なんと2023年から男女のどちらかが毎年交替でニース開催となった。当然2024パリ五輪でもニースのスタッド・ド・ニースはサッカー競技会場として使用される。

 夏場はホテル代が急騰するニースだが、2024年はツール・ド・フランスのフィナーレとなってその金額がさらにはね上がった。1泊10万円では市内に泊まれない。ボクは結局のところ、ニース市内に宿を確保できず、100km離れた町まで1泊しにいったほどだ。

F1の聖地・モナコを
ツールが走った!

 ニースが最終到着地になったこともビッグニュースだったが、大会最終日、個人タイムトライアルのスタート地点が隣国モナコに設置されたのも驚きだった。モナコは1939年から2009年の間にツール・ド・フランスが6回訪問し、2024年が7回目のホストシティとなった。

 モナコといえばF1の市街地レースで有名だ。元F1レーサーで、モナコ大会にも出場し、現在は自転車プロチームを運営してツール・ド・フランスに日本チームとしての出場を目指すのが片山右京。

「カジノ前に横っ飛びで飛び出すオフバンクのコーナーとか、セナがクラッシュしたポルティエ。あんな難しいコースを自転車のプロがどんな攻め方をしていくのかとても興味がある」とかつて語っていた。