現実の経済社会に
完全競争市場はほとんど存在しない

 アカロフやスティグリッツは情報の非対称性による不完全競争市場を「市場の失敗」の例として取り上げています。はじめに引用した「スティグリッツによる完全競争市場の条件」は、『スティグリッツ経済学入門』(東洋経済新報社)の第2版(1999)に書いてあったのですが、最も新しい第4版(2012)ではこの記載が大きく変わり、不完全競争市場だけに1章を割いています。つまり、完全競争市場はほとんど存在しない、というわけです。

 スティグリッツが別の著書でこう語っています。「情報の経済学に関する一連の研究で明らかにしてきたことは、『市場の失敗』は当初考えられたよりもずっと広範に起こりうる、ということでした。」「『見えざる手はなぜ見えないのか。それは、見えざる手など存在しないからだ』というものでした」※注3。スティグリッツは、良い規制こそ重要だという徹底したケインジアン(ケインズ主義経済学者)なのです。

 アカロフはもう少し中庸な意見を書いています。「自由市場の優れた点について経済学の教科書に刃向かうつもりはない。」「でも、市場への賞賛が行きすぎないようにしよう。」「市場はかなりうまく機能するかもしれない。でもだれにでも弱点はあるし、だれでもしばしば、手持ちの情報は完全でなかったりする。そしてしばしば、人々は自分が本当に何を求めているのか、なかなかわからなかったりする」※注4

 アダム・スミスの「見えざる手」、そして需要と供給の法則は市場経済の重要な原理ですが、不完全競争市場の存在とその構造を知っておくこともビジネスや生活術の向上には必要なのです。

注1 『スティグリッツ入門経済学第2版』(薮下史郎ほか訳、東洋経済新報社、1999)
注2 「朝日新聞」7月22日付のスクープ記事「保険金不正『6.5万件』」による
注3 薮下史郎、荒木一法編著『スティグリッツ早稲田大学講義録』(光文社新書、2004)
注4 ジョージ・A・アカロフ、ロバート・シラー『不道徳な見えざる手』(山形浩生訳、東洋経済新報社、2017)