職場には「すぐあきらめる人」と「絶対あきらめない人」がいる。一体、何が違うのだろう?
本連載では、ビジネスパーソンから経営者まで数多くの相談を受けている“悩み「解消」のスペシャリスト”、北の達人コーポレーション社長・木下勝寿氏が、悩まない人になるコツを紹介する。
いま「現実のビジネス現場において“根拠なきポジティブ”はただの現実逃避、“鋼のメンタル”とはただの鈍感人間。ビジネス現場での悩み解消法は『思考アルゴリズム』だ」と言い切る木下氏の最新刊『「悩まない人」の考え方 ── 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』が話題となっている。本稿では、「出来事、仕事、他者の悩みの9割を消し去るスーパー思考フォーマット」という本書から一部を抜粋・編集してお届けする。
「北の達人」は現在、東証プライム市場に上場している。
いま振り返ると、株式上場にあたってはそれなりに苦労があった。
上場準備中に証券会社の不祥事のため別の会社に切り替えることになったり、監査法人がいきなり解散してしまったり、とにかくやっかいなトラブルが続いたのである。
上場担当の当社役員に言わせると、語り尽くせないほどの苦労があったらしい。途中のプロセスでは「正直、もう無理だろうな」と感じる局面もあったという。
だが、そうした「ストーリー」と、私の実感はかなり食い違っている。
というのも、私はいまでも「思ったよりすんなり上場できてしまった」という感覚だからである。
もちろん、準備段階でいろいろトラブルが起きて急ピッチの対応を迫られることもあった。それを上場担当役員が走り回って対応して乗り越えてくれたことが大きい。
ただ、そうしたことが連発しても、私は悩んだり悲観したりすることがなかった。ずっと「そんなものだろう」と思いつつ、淡々とやるべきことをやり続けていた。
なぜ私が冷静さを失わずにいられたかといえば、事前にありとあらゆる企業の上場ストーリーに目を通してきたからだ。
世界中の企業の上場にまつわるトラブル体験談をむさぼり読んできた私にとって、株式上場にトラブルがつきものなのは自明の理だったのだ。
「もっと大変なトラブルが起きることを想定していたが、すべて想定の範囲内のトラブルしか起きなかった」という感想だ。
「明るい未来」しか見ない人が、いちばん危ない理由
ここまで読んだ方は、もう誤解していないと思うが、本当の意味で「悩まない」思考アルゴリズムを身につけている人と、単なるポジティブ人間は似て非なるものである。
「悩まない人」というのは、「最高にうまくいったときのことを考えている人」ではない。
そうやって「明るい未来」にしか目を向けていない人(=ポジティブシンカー)は、いざ物事に着手すると、本当にそれがうまくいくかどうかが不安で仕方なくなる。
その感情を押し殺すために、よりいっそう「ポジティブな自分」を必死でつくり上げなくてはならない。
だから事態が暗転し、悪い方向に転がりだすと、すぐにパニックになる。
自分がどこまでも転落していくように感じられ、絶望してしまう。
一方、「悩まない人」ほど、事前に「最悪の未来」についてじっくり考えている。
想定しうる限りの「いちばん望ましくない事態」を思い描き、そのとき自分に何が起きるのかをしっかり確認している。
そして、自分がその「最悪」に耐えられると判断したときに初めて、物事に着手するのである。
タリーズコーヒージャパン創業者が
「7000万円の借金」をする前に考えていたこと
タリーズコーヒージャパン創業者の松田公太さん(1968年生)は、もともと銀行マンだった。
しかし、あるときシアトルのコーヒー店に出合い、その店を日本でもチェーン展開したいと考えるようになった。
その1号店を開く場所として松田さんが選んだのが、銀座だ。
当然、東京の一等地に店を構えるとなると、かなりの資金がかかる。
彼は開業資金として7000万円の借金を背負うことになった。
そのときのことを振り返って、松田さんはこう語っている。
「このとき、タリーズが失敗したらという最悪のケースも想定して、借金返済のシミュレーションも組んでみた。
コンビニの時給は八百五十円、一日十五時間、週一日の休みで働いたとして月三十三、四万円。妻の収入からも少し回せば、月々四十万円は返していける──。最悪の状況が見えれば、『ああ、こんなものか』と怖さもなくなってきた」(【出典】松田公太著『すべては一杯のコーヒーから』新潮社)
7000万円という金額だけを聞けば怖気づいてしまうが、冷静に計算すれば15年アルバイトをすれば返せる。
もちろん、大変ではあるが、その覚悟さえ持っていれば十分受け入れ可能なリスクだった。
だからこそ松田さんは、迷うことなく7000万円の借用書に印鑑を押せたのである。
絶対に潰れない会社をつくる発想法
──許容不可リスクと「無収入寿命」
「悩まない人」は「最悪」を想定するが、どんな最悪も受け入れるわけではない。
「そんな未来はとても許容できない」と思えば、迷うことなくその選択肢を切り捨てる。
たとえば、本書で紹介したU社長のケースで考えてみよう。
もし施策を実行したときに訴訟される確率が1%、負ける確率が1%だったとしても、想定される損害賠償額の最大値が100億円なら、それに手を出そうとする人はいないだろう。
このときの見込コストは100万円(100億円×0.01×0.01)なので、確率論上は施策に伴う期待利益(1000万円)のほうが圧倒的に大きい。
しかし、万が一負けたときに被る「最悪」の損失額があまりに巨大すぎる。
これだけの利益のために、会社がふっ飛ぶようなリスクをあえて背負う経営者はまずいない。
私は会社経営においても、「最悪を想定する思考法」を貫いている。
私のデビュー作『売上最小化、利益最大化の法則』の中にある「無収入寿命」は、まさにこの考え方を経営戦略として具現化したものだ。
「無収入寿命」とは「会社の売上が突然ゼロになっても、経営を維持できる期間」のことである。
たとえば「無収入寿命12か月」の会社は、売上ゼロが続いても、少なくとも12か月間は社員に給料を渡し、オフィスの家賃・光熱費などの経費もまかなえるが、13か月目には会社を畳まざるをえないことを意味している。
何か「最悪なこと」が世の中で起こって売上がゼロになり、在庫も現金化できなくなった事態を考えてみよう(実際のところ、多くの企業にとってコロナ禍は、まさにこの「最悪なこと」だったはずだ)。
当然ながら経営はガタガタになる。そこから事業を完全に立て直すには、2年間かかるとしよう。
しかしこのとき、もし会社に「2年分の無収入寿命」を担保するキャッシュがあったらどうだろう?
最悪の事態が訪れても、会社が潰れることはまずなくなる。
逆にいうと、それだけの現金があれば、何が起きても怖くないのである。
「穴に落ちないこと」より「落ちても大丈夫な準備」を
世の中は、「最悪の事態」を深く考えないまま、大きなリスクを取る人・組織であふれている。
彼らは見切り発車で着手しているので、途中のプロセスを見守りながら必要以上にメンタルを削られ、なんとかうまくいくように「祈って」しまう。
そして、いざその「最悪」が現実化しようものなら、とても受け入れられず、大きく絶望することになる。
「最悪」のレベルの大きさはあまり問題ではない。
重要なのは、その中身を事前に把握し、どう対処すべきかを検討できているかだ。
借金を苦にした自殺者の平均負債額はおよそ300万円という話を聞いたことがある。
これが事実だとしたら、いかに多くの人が「最悪」を想定しきれていないことで絶望感に襲われているのかがわかる。
300万円という借金額は、クルマのローンなどを組めば、だれでも抱える程度の金額だ。
しかし、この程度の金額でも、「想定外」であった場合、命を落とすほどの絶望感につながるのだ。
穴の深さをあらかじめ確かめていないから、一度落ち始めるとパニックになる。自分がどこまで落ちていくのかがわからず、永久にこのまま戻ってこられないと思い込んでしまう。
逆に、先にだいたいの深さを知っており、「これくらいなら落ちてもなんとかのぼれるな」と思っている人は、仮に穴に落ちてもそこまでパニックにならない。「落ちてからまたのぼればいい」と考える。それだけのことだ。
結局、ここでも必要なのは「調べる」ことである。
人が悩むのは「最悪の事態を調べること」をしていないからだ。
「着眼法」で「うまくいっているケース」をかき集めた人がうまくいくのと同様に、「うまくいかなかったケース」をたくさん知っている人ほど、どんな危機に直面しても悩まずにすむ。
最初から「どん底」を確かめる思考グセがついていて、自分がそこに落ち込んだときのこともシミュレーション済なので、穴に落ちても心をかき乱されることがない。
自分がやるべき「次の一手」に集中し、淡々と動き続けられるので、最終的には成功を手にすることができる。
(本稿は『「悩まない人」の考え方──1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』の一部を抜粋・編集したものです)