それって、書き出する前には絶対に訪れてくれない瞬間なんです。書き出す前に「うまくいかないかも」って悩んでいる時間って、本当に悪いことしか起こらない。エイッて書き出してしまえば、文章の神様みたいなものが、書き出したご褒美をくれる感じがあります。「よく書き出したね〜、ほらここ、こうすればうまく繋がるよ〜」みたいな。

 書き出すことで頭の中が整理されて原稿が生まれてくれる、ということもあると思っています。

社会や読者のことは一旦頭の中から外す
「やっちゃう」ことが大事

――書き始めてもなかなか筆が進まないという小説家もいます。

 もちろん、そういうときは私にもあります。私の場合は、「社会にいい影響を与えたい」と思ってしまうと、急に筆が迷います。

 私個人の感覚では、小説を書くのは「癖」(へき)の一種というか、「やっちゃう」もののうちのひとつなんです。結果的に誰かや何かにとってプラスの影響が出ればそれはそれで嬉しいですけど、書いているときに「社会や読者にいい影響を与えるんだ」とは思えていないところがあるんですよね。でもたまに、「社会や読者にいい影響を与えたい」、翻って「この文章を通して、善い人間に思われたい」みたいに思うときがあって、そういうときは文章が迷い始めます。

 でもこの数年、どんどん開き直り人間になっていきました。全く褒められたものではないと思いますが、「とにかく書いちゃおう、話はそれからだ」みたいに開き直らないと小説を完成させられなくなってきたんです。社会や読者のことを意識すると、何を書いても間違いなんじゃないかと思ってしまうので。

 投稿時代はそういうことを全く考えていませんでした。世に出るなんて思わずに書いていましたからね。特に直木賞をいただいたあとは、直木賞作家という肩書で自分の作品を送り出すことに恐怖を感じた時期もありましたが、そこから時間も経って、どこかで開き直ってしまったんだと思います。

――開き直ってしまえば、悩むこともないと。

 そうですね。新聞連載を始める前は、夜中に飛び起きるくらい悩んでいましたが、それは「もう連載が始まるのに何にも決まっていない」という、絶対に落とせない原稿へのプレッシャーからであって、文章そのものに悩んで立ちすくむということは今はないかもしれません。