化学サバイバル!#11Photo:kyodonews

塩化ビニール樹脂や半導体用シリコンウエハーで世界首位の信越化学工業は、高い収益力を持つ超優良企業だ。同社では、30年以上にわたりトップとして経営を担い「中興の祖」でもある金川千尋前会長が2023年に96歳で死去。斉藤恭彦社長の体制に移行した。ただ、“カリスマ”亡き後も、同社の底流には金川氏の経営哲学がある。今から約20年前の「週刊ダイヤモンド」2002年2月23日号は、社長だった金川氏のインタビューを掲載していた。その中で金川氏は「選択と集中」が成功した理由や、人材の育成法、経営者の心持ち、経営者育成などのテーマでユニークな持論を披露している。特集『化学サバイバル!』の#11では、当時のインタビューを再配信する。(ダイヤモンド編集部副編集長 名古屋和希)

「週刊ダイヤモンド」2002年2月23日号の記事を基に再編集。肩書や数値などの情報は雑誌掲載時のもの

収益に自信のない投資や買収はやらない
プレミアムを稼げる特殊品の開発に全力

――どの企業にも歴史的に積み上げてきた、バランスシートには表れない資産と負債があります。信越化学工業の無形の資産と負債を、どう総括されますか。

 無形の資産とは、要は潜在能力のことですな。それは、積み上げてきた、というより、今つくりつつあるんです。例えば、営業でいえば、個々人がユーザーから受けている信頼感。プロとしていかに信頼を得るか、そういった能力は放っておいて伸びるものではなく、受け継いだものでもない。彼らを教育し、実行させるようにするのが私の仕事です。

――どうやって教育するのですか。

 OJTしかない。現実の問題に即して直してやると、力がどんどん付いてくる。時間はかかるが。

――社長自らやるのは大変ですね。

 私は、研修委員長でもあるんですよ。

――プロを育成するには、給与・人事体系の改革も欠かせないでしょう。

 そうです。特に管理職の場合、相当な差をつけるように急速に変えつつあります。今までの成果主義は生ぬるかった。ただね、今期は利益が上がったからボーナスをこれだけ出すとか、収益の何パーセントかをボーナスに充てるということは絶対にやりません。だいたい、どこの会社も死に物狂いで努力している。うちはサボっている方ですよ。

 私はね、組合にこう言うんです。「みんながどんなに働いても、私が一つミスをしたら、会社は奈落の底に落ちてしまう。逆に、私がどんなにいい決断をしても、みんながストライキをしたら立ち行かない、そういうものだろう」と。

――信越化学は古い事業分野も新規事業分野も、世界シェアが非常に高い。「集中と選択」成功の鍵は何ですか。

 今は一応うまくいっていますが、手を抜けばすぐにおかしくなる。やはり、努力の連続ですな。私は首位自体にはこだわっていません。順位のために無理な投資をするようなことは一切考えない。収益に自信が持てない投資や買収は決してやりません。

――逆に、収益のために規模が必要だと判断したら、M&Aは果敢に行うわけですね。

 それはやります、もちろん。ただし、マーケットというのは、どんなにシェアが高くても価格決定権は握れない。市場の数パーセントが動けば、相場は変わる。価格はあっという間に落ちる。マーケットシェアを50%持っていても、数パーセントの他社が安売りを仕掛けてきたら、製品に特徴がない限り、相場は瞬時に崩れます。

――絶えず価格下落に脅かされる中で、安定した利益を出す秘訣は。

 製品には汎用品と特殊品の二つがあり、汎用品は最終的には値段の競争になります。そのコスト力は、技術・規模・マーケティングの総合力、そして、何十年も安定供給を続ける信用力。一方、特殊品というのは、オリジナリティーが高く、プレミアムを稼げる商品。それを開発することに全力を挙げています。

――その例がシリコンウエハーですね。300ミリメートル口径への開発投資が見事に成功し、他社は、簡単には追随できなかった。

次ページでは、金川氏がシリコンウエハーの投資に成功した理由を解説する。また、経営者として、「成功体験に引きずられることはない」と断言。事業を成功させるための、金川氏の経営者としての役割とは。さらに、経営者の育成法についても持論を展開する。