小説・昭和の女帝#8Illustration by MIHO YASURAOKA

【前回までのあらすじ】戦前、新橋のバーでレイ子と出会った加山鋭達は出征後、中国大陸で病魔に冒され内地に戻っていた。建設業を再開した加山は、軍の仕事にありつくため「政界の黒幕」の老人宅を訪れ、レイ子と再会する。(『小説・昭和の女帝』#8)

老人の計らいで、レイ子は加山と二人きりに……

「レイ子には頼れる田舎の親戚はあるか。しばらく隠れておっていいぞ」

 真木甚八が言った。夏にサイパンやグアムなどの守備隊が玉砕。アメリカはそれらの島々に爆撃機B-29を配備し、本土の大部分を空襲による攻撃圏内に収めた。

 真木邸もさすがに戦争の脅威と無縁ではいられなかった。というか、真木邸は、日本で最も爆撃機に狙われやすい陸軍省参謀本部の裏庭のような場所にあった。距離にして200メートルも離れていないのだ。

 甚八は、故郷がある従者には暇を出した。屋敷に残った者は、配給と、どこからか男たちが持ってくる物資で食いつないだ。

 レイ子はといえば、さほど迷わずに屋敷に残った。空襲は怖かったが、頼れる田舎の親戚などありはしなかった。26歳という年齢も彼女の判断に影響した。甚八の世話をしているうちに、歌手としてのデビューはおろか、結婚の適齢期も過ぎていた。

 他方、甚八は67歳でいつ何があってもおかしくない。彼女としては、空襲の危険があっても老人に寄り添い、寵愛を一手に受けて遺産を相続しなければ割に合わない。真木邸では、それなりの報酬と政治家たちを観察する稀有な機会を得たが、かといって結婚のチャンスを逸したことに釣り合うほどの見返りは得ていないのだった。

「先生、爆撃が来ても私は逃げません。先生のお世話をさせてもらいます。でも、このご時世、何があるか分かりません……。私の将来に心配がないようにしてくださいよ。私は先生の他に誰もいないんですから、着の身着のままで放り出すなんてことだけは勘弁してくださいよ」

 レイ子は度々、将来を保証する言質を甚八から引き出そうとした。しかし、そのたびに「悪いようにはせんから安心せい」などとはぐらかされた。

 戦況の悪化は、生活をますます無味乾燥なものにした。

 レイ子は、他の女性のようにモンペを着て外出するのは好まなかったので、一層、外の世界と隔絶されることになった。家にこもっていると良からぬ思いにとらわれる。甚八も家におり、前ほど来客がないので、彼女にちょっかいを出してくることが多かった。しかし、若いころに男性機能を失ったという甚八では、彼女の渇きの根源は満たされないのだった。

 12月になると空襲が本格化した。山の手の住宅街に爆弾が落ち、100人を超える犠牲者が出たという噂を聞いた。それから年末にかけて断続的に10回ほどの空襲に見舞われた。

 来客がめっきり減った中で、定期的にやってくるのが加山だった。彼は、理研の所長で内閣顧問を務める理研の大河内正敏と甚八との間の伝書鳩のようなことをしていた。加山は病み上がりの状態からすっかり立ち直ったようだったが、表情は険しかった。理研の工場が空襲で損壊し、補修工事が追い付いていないのだった。

 戦況は決定的に悪化しており、加山がもたらす情報は、耳を背けたくなるようなものが多かった。しかし、甚八は、虫の居場所が悪い日でも、加山が来ると上機嫌になるのだった。

 その年の正月は、レイ子が経験したどの正月とも違っていた。「あけましておめでとう」と言ってみるものの、どこか白々しい。戦死者は数え切れず、国全体が喪に服しているような有様だったし、いよいよ空襲が激しくなって、果たして次の新年を迎えられるのか誰も分からない。甚八からアメリカの新型爆弾のことを聞いているレイ子は、最後の正月になることもあり得ると、覚悟を決めざるを得ないのだった。

 そんな折に、新年のあいさつにやってきた加山は、帰り際、「レイ子さんも余程、気を付けたほうがいい」と耳打ちした。

 その表情には、出会ったころ、「赤紙が来る」と言っていたときと同じ悲壮感が漂っていた。

 加山は周りに人がいないことを確認すると、彼女の手を握った。そして、「生きていなけりゃ何もできない。私には、大きな仕事がありすぎるぐらいあるが、見積もりも何もあったもんじゃない。もう無茶苦茶だ。軍人と一緒で、明日死んでもおかしくない。同様に、レイ子さんのような一般人も、いつ殺されてもおかしくない。レイ子さん、できれば東京を離れて、生き残ってくれ」と言って去った。

 彼女は玄関で立ち尽くした。加山の分厚い手の感触と、温かみが残っていた。胸の鼓動を抑えられなかった。

 玄関から座敷に戻り、加山の言う「大きな仕事」とは何かを聞いた。甚八の答えは、「そうだなぁ。昔からどさくさに紛れて稼ぐやつがいるものだ」と分かったような分からないようなものだった。そして、思い出したように付け加えた。

「時にレイ子、あとで、加山に手紙を届けてもらうかもしれん」

 実際に、手紙を届けろと言われたのは、1月下旬だった。 届け先は飯田橋だ。レイ子は心躍らせてハイヤーに乗った。