気遣いなく、自然体で
組織の多様性を高める
YKKが将来的な定年廃止を視野に入れ、当時の社長をトップとする「働き方〝変革への挑戦〟」プロジェクトを始動させたのは、2011年のことである。つまり、10年の歳月をかけて定年廃止を実現したことになる。
この間、先述した段階的な定年の引き上げのほか、能力要件書や役割記述書およびキャリアパスの開示、フレックスタイムや在宅勤務、裁量労働制の導入など数々の施策を実行してきた。その根幹にあるのは、社員の「自律」と真に「公正」な人事制度の実現を目指す姿勢である。
同社が、年齢・性別・学歴・国籍に囚われない公正な人事制度へ向けた改革に着手したのは、働き方変革のプロジェクトが始まるさらに前のことである。
1990年代までの同社は、主に年齢によって給与が決まる職能資格制度を運用しており、若手の課長よりベテラン係長の給与が高いといった逆転現象も起きていた。年齢だけで給与が決まるのは公正とはいえないため、2000年から成果と実力を重視する制度に移行、さらに07年からは役割を軸とした成果・実力主義、つまり役割給と実力給のハイブリッド型とした。成果(実力)を上げれば、年齢に関係なく役割等級が上がり、給与も上がる。逆に、成果を上げられず、期待された役割を果たせなければ降格・降給もありえる。上司の年齢が自分より若いのも、YKKでは当たり前のことになっている。
一般的に定年を廃止すると上級ポストに空きが出ず、若手や中堅のモチベーションが下がることを懸念する声もあるが、成果と実力によって新陳代謝が進む仕組みになっていれば、その心配はない。YKKは定年廃止を決める前に、その仕組みを整えていたのである。
2015年からは、本人の希望でコースを選択できる複線型の人事制度も導入した。経営リーダー層を目指す2つのコースと、スペシャリストとして現場で力を発揮するコースをはじめとした5つがあり、年に一度の自己申告でコースを変更することも可能だ。
同社では、節目の年齢でキャリア研修を行い、どういう人生設計の下にどんなキャリアを積んでいきたいのかを自律的に考えるよう促している。
「定年がなくなったことで、自分の人生設計やキャリアプランに、より真剣に向き合う社員が増えた」と、堤氏は感じている。そして、「いろいろな個性や価値観、バックグラウンドを持つ人たちに変な気遣いをすることなく、自然体で組織の多様性を高めていくこと。そして、誰もが思い切って働ける環境をつくることが、我々に課せられたテーマです」と語った。
◉構成・まとめ|田原 寛 ◉撮影|洞澤佐智子、佐藤元一