裁量労働制が適用される労働者の週当たり
平均労働時間
裁量労働制は働き方の柔軟性を高める制度として注目されている。しかしながら、筆者が早稲田大学の黒田祥子教授、政策研究大学院大学の泉佑太朗准教授、米イェール大学大学院の坪田大河氏らの研究チームと行った大規模調査に基づく分析結果は、裁量労働制が自由な働き方を促進し労働環境を改善する「万能薬」ではないことを明らかにしている。
研究チームは、厚生労働省が2019年に実施した約7万人を対象にした全国規模の調査データを分析し、裁量労働制適用者と非適用者の労働時間、賃金、健康状態、職務満足度を比較した。
その結果、裁量労働制適用者の週当たり平均労働時間は非適用者より2時間長い45.9時間であり、裁量労働制の適用が労働時間を長くする傾向があることが明らかになった。その一方で、年収は非適用者より7.8%高いことも判明した。
裁量労働制の適用に際しては、労働時間の長期化などを通じて健康状態を悪化させるという懸念がある。この点に関して注目すべきは、労働者の裁量の程度による違いだ。この調査では、各労働者がどの程度の裁量を持って働いているかについて、幾つかの視点から質問している。これらの質問に対する回答を用いて、各労働者の持つ裁量の程度を定義した。
これを用いた分析の結果、業務の決定権が高い労働者については、裁量労働制による健康状態の悪化は見られず、職務満足度も向上していた。一方で、業務の決定権が低い労働者に裁量労働制を適用すると健康状態が悪化し、職務満足度も低下する傾向が確認された。
これらの結果は、実際に業務の決定権が低い環境下で働いている労働者に裁量労働制を適用した場合、労働環境の悪化を招く可能性があることを示している。同時に、業務の決定権が高く裁量が確保された労働者に限定した上で、裁量労働制を適用する必要があることも示唆する。今後の政策立案においては、裁量が確保された労働者に限定して裁量労働制を運用する仕組みをどのように設計するかが問われている。
(東京大学公共政策大学院 教授 川口大司)