だいたいのことはお金で改善できる
80年前の「団体契約書」の教訓

 深田監督が「とても興味深い」と著書で紹介するのが「団体契約書」だ。1946年から48年まで行われた「東宝争議」の末、東宝とかつての日本映画演劇労働組合(52年に解散)が結んだ契約で、当時闘った監督、俳優、スタッフらは社員として映画会社と専属契約していた。結果、労働時間は1週間で44時間、1日の労働時間は原則拘束8時間、時間外手当、家族手当かなども定められている。

「低賃金で大量製作」日本映画の現場が悲惨すぎる…現役映画監督が訴える“働き方改革”とは深田監督の日米合作で製作された二階堂ふみさん主演作『ほとりの朔子』(2013)は、ナント三大陸映画祭でグランプリにあたる「金の気球賞」を受賞した (c)sakuko film partners

 これが80年前に実現できていて、今はできない。そこを読み解いていくと、今の映画業界の問題が見えてくるという。

「日本独自の構造的な問題がありますが、時代の変化に対応し、業界全体を俯瞰して見られる公的な組織がありません。あとは、やはりお金の問題なんですよね。だいたいのことはお金で改善できます」

「話題の娯楽作品しか観ないから、それ以外の映画の必要性を感じない」と思う人もいるかもしれない。

「多様性、多様性って言いながら歯が浮きそうなんですが」と笑いながら、「どんな娯楽作品も、さまざまな文化に影響を受けながら成り立っています。でも、市場原理のみで言ったら、多様な作品は生まれてきません。大事なのは、娯楽映画も芸術映画も共存できる環境を作ることであって、どっちが大切という話ではありません」
 
 現在、日本で大ヒットした娯楽作品を撮っている監督も、海外の映画祭で受賞する監督も、それらを支えるスタッフたちも、彼らの多くが小さなインディペンデント映画からスタートしてきた。私たちが日常的に楽しんでいる映画は、誰かのギリギリの労働環境と低賃金を引き換えに完成したのかもしれない。

「映画に関われている人たち、映画を見ている人たちは、もしかしたら自分は恵まれているのかも知れない。そう思ってもらえるとうれしいです」

PROFILE
深田晃司(ふかだ・こうじ)
映画監督。1980年、東京生まれ。大学在学中に映画美学校フィクション・コースに入学、2005年に劇作家・平田オリザが主催する「青年団」の演出部に入団。10年、『歓待』で、東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。16年の『淵に立つ』で、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞受賞。18年、フランス芸術文化勲章「シュバリエ」受勲。22年には、東京国際映画祭で黒澤明賞を受賞。22年には是枝裕和、諏訪敦彦らと共に「action4cinema 日本版CNC設立を求める会」を立ち上げ活動している。