一歩前進とはいえ
適正化にはほど遠い現実

 深田監督は、「これは一歩前進です」と評価しつつも、「ただ、適正化にはまだほど遠い」と手厳しい。が、ガイドラインの内容を確認すると、その辛口の意見に同意しかない。

 労働時間は、「スタッフの作業・撮影時間は 1日あたり 13時間(準備・撤収、休憩・食事を含む)以内、週に少なくとも1日は撮休日を確保。それに加え、2週間に1日の完全休養日を確保する」と定められている。

 しかし、実際の現場では、撮休日は撮影がないだけで、さまざまな準備に当てられることが多いのだという。「そうすると厚労省の定める過労死ラインの労働時間を超えています」。しかも法的な拘束力もなく、ペナルティーもない。また海外のガイドラインに比べるとかなり緩いという。とは言っても現状、多くの現場では1日13時間以上の撮影が余儀なくされている。

「このルールで撮影すると、当然人経費も製作費も上がってくる。その増加分をどうするのか。ガイドラインでは示していません」

 オーバータイム(13時間以上の拘束)について追加手当を出すという、当然あるべき道も示されていないという。

「すると、『みんなで頑張ってなんとか守ろう!』という精神論に始終してしまう。業界全体の行動改革としてのルールを打ち出すのであれば、労働環境を厳しくすると同時に、どうやってお金を集めるのか、現場にお金を回していくのかを議論しなくてはいけません」

 実際、このルールに則って作れるのは一握りの大手映画会社で、収益性の高い商業映画のみ。「表現の幅は狭まり、多様性が失われる」と、深田監督は危機感をにじませる。

「労働環境改善のための規制と助成制度の拡充は、両輪で議論していく必要があります。また、必ずしも利害が一致しないはずの製作と制作、現場の担い手であるフリーランスが、仲良く一緒にテーブルを並べて話し合うといっても限界がある。(活発な)労働組合の不在も大きいと思います」

 一昨年、PRイベントを予定していた俳優・トム・クルーズの来日が、俳優約16万人が加入する労働組合「全米俳優組合」のストライキのため中止になったことがニュースとなった。日本でもかつては労働組合の力が強い時期があった。