100歳の科学者が大発見をすれば尊敬されますし、極端な話、その発見をくつがえす論文を13歳の子どもがものにすれば、それ以上に尊敬されるでしょう。そこには科学という共通言語、共通の価値があるだけです。

 年齢を聞かれた彼は、私と話をしていて刺激的だったか、楽しかったから話をしていたのであって、私が自分より年上だろうが年下だろうが一切関係はありません。それも、あえて壁を壊そうとしているわけでもなく、ただ最初から、ごく自然にそう振る舞うのです。

年齢を重視する日本社会
「キミはまだ若いからね」

 それから10年近くたって、今度は反対側から驚かされることがありました。

 日本に帰国した私はすでに40歳を超えていました。アメリカで学んだ内容をベースに脳科学の研究を続けていたのですが、私の研究業績を必ずしもポジティブに見ていなかったであろう、ある60代の大先輩から、直接、こういう言い方をされたのです。

「……キミもまだ若いからね」

 もちろん、褒め言葉ではありません。要するに「生意気な若造が……」というニュアンスだとお考えください。

 その方が、私の研究内容に対して否定的な意見を持っていたとしても、あるいはその方にとって私の研究が邪魔だったとしても、40を過ぎた人間をつかまえて、わざわざ「若いから……」と批判することに、私は背筋が寒くなる思いがしました。否定したいなら、私の研究や論文の具体的な箇所を示し、根拠を提示して批判すればいいはずです。そうすることが医学、科学の発展につながるのに、なぜわざわざ年齢を出す必要があったのでしょうか。

アメリカ人「何でそんなこと聞くの?」医師がうっかり聞いて後悔した「恥ずかしい質問」『老害脳』(加藤俊徳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 客観的に考えれば、日本の医学界、あるいは日本社会の上層には、ここまでして年齢を優先するメリットがあると考えていることになります。若いから、というだけの理由で見下せるからです。

 私は年齢が全く無意味だとも思いません。加齢に伴って脳も身体も老化しますし、アルツハイマー型認知症にかかる確率も上がります。身体の衰えた高齢者をいたわり、助ける優しい社会であってほしいとも願っています。