
中国発の新型AI(人工知能)、ディープシークは世界に大きな衝撃を与えた、という話はすでに日本メディアで繰り返されているが、見過ごされている本当の衝撃が始まろうとしている。ディープシークは中国AIの到達点ではなく、ここから急激な成長が始まろうとしているのだ。特集『ディープシークの衝撃』#5では、中国内で起きているある変化からディープシークによる衝撃の深度を探っていく。(ジャーナリスト 高口康太)
低コスト、オープンソースの破壊力と
世界とは異なる中国のAI開発とは?
中国内部での変動を見る前に、まず世界ではディープシークがどのように見られているのかを振り返っておこう。その議論は主に地政学的な観点、AI半導体の受容、オープンソースAIの普及に分類できる。
中国ディープシークの最新モデル「R1」は1月20日の発表。ほぼ同等の性能を持つとされる、米オープンAIの「o1」は昨年9月の発表だったので、わずか4カ月差だ。中国のAI開発を遅らせるために、米国は先端半導体の輸出規制を行ってきたが、この技術封じ込めは失敗に終わったのではないか。中国のAI技術はすでに米国と同等、いや上回っているのではないか。1957年、ロシアが世界初の人工衛星スプートニクの打ち上げに成功したことで、米国は技術的に劣位に立たされたと衝撃を受けた。これになぞらえて、「AIのスプートニクショック」だとの声も上がっている。
また、多額の資金を費やし肥大化を続ける米企業の路線とは異なり、ディープシークは低コストでの開発、運用に強みがある。この技術が広がれば半導体需要が激減する可能性があるとして、半導体株を中心に世界の株価が急落した。さらに、ディープシークは無償で商用利用が可能なMITライセンスで公開されている。こうしたオープンソースのAIの性能が上がれば、オープンAIや米グーグルなどのAIベンダーは開発投資を回収できなくなるのではないかという懸念もある。
だが、中国国内のディープシークショックはまったく異なるものだ。それは何か。次ページでは、EV(電気自動車)やスマートフォンのアプリ、行政などにおけるディープシークの急速な導入状況を基にして、ディープシークブームの裏にある愛国心、そして中国のAI事情の大激変、企業間の競争領域のシフトなどについて明らかにしていく。