
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第177回は、4月に千葉商科大学付属高校の校長に就任した高井さんが「理想の教育」を説く。
「夢なんてない」に半分の共感
「君の夢はなんだ」と問われ、主人公・財前孝史は「夢なんてないですよ」と即答する。夢を持ち、叶えるために努力しろというのは大人の言い分で安易だと言い切り、「その時々、やれることをやる」と自分のスタンスを語る。
「夢なんてない」という財前の言葉に私は半ば共感する。「これが自分の夢だ」と胸を張って公言できる若者は、ごく少数ではないだろうか。
今春から千葉商科大学付属高校の校長となり、「目指す教育は」といった質問をしばしば受けるようになった。私の答えは「食えるようにする」。夢がない、志が低いと思われるかもしれない。だが今の時代、「食える」は簡単なことではない。
食っていくには、稼がねばならない。稼ぐには、何らかの社会のニーズに応じる力が求められる。自分が食えて、ようやく他の社会構成員を「食わせる」道が開ける。自分が食えないのに夢だけ先走っても、それは絵に描いた餅でしかない。
財前が指摘するように、世界はすぐに変わってしまう。天才でもない限り、「どう転んでも食える」ためには知識や技能、チームワークといったスキルや強みが必要だ。そして、そうした能力を発揮する土台として、メンタルの安定、レジリエンスがカギとなる。
入学式で新入生に伝えた警鐘

レジリエンスは日本語に訳しにくい言葉だ。「回復力」「しなやかな強さ」といった訳語が当てられるが、いまひとつしっくりこない。
私は「しぶとさ」「生き抜く力」と言い換えることがある。教育分野では今、自己肯定感や意欲、コミュニケーションスキルなどの非認知能力を伸ばす流れのなかでレジリエンスがキーワードとして注目されている。
「自分はこの世界に居場所がある」と自覚し、折れない心を養うには、質の高いリアルな経験の積み重ねが欠かせない。心から感じる幸福感や充実感。何かに夢中になる時間。失敗を乗り越えた経験。そんな時間の積み重ねが、しなやかで強い心をつくる。
充実した経験を持つ重要性がより一層高まっているのに、同時に私たちはスマートフォンを通じて「他人に時間を奪われるリスク」が極めて大きい社会に生きている。アテンション・エコノミーの時代にあって、時間と注意力・集中力は利益の源泉となる「資源」だ。
先日の入学式の式辞で、私は新入生たちに「アテンションを奪われているとき、あなたは他人のために、自分の貴重な時間を費やしています。他人の人生を生きている、と言ってもいい」と警鐘を鳴らした上で、「時間を積み重ねて生きるのか。溶かして、流してしまうのか。選ぶのは、私たち自身です」と呼びかけた。
校長式辞全文にご興味のある方は私のnoteの「時間を溶かすか、積み重ねるか 入学式式辞 校長通信 千葉商大付属の今」をご一読ください。
冒頭、財前の「夢なんてない」という言葉に半ば共感すると書いたが、半ばはこの言葉を強く否定したい気持ちがある。若者には「食える」の先に、やはり夢を描いてほしい。そんな夢を持てるよう、「積み重ねる」の手助けをしていきたい。

