1999年当時、ディーゼルエンジンは完全に悪者扱いだった
マツダ広報 辻本さん(以下、辻):非常に生々しい話をしておりますが、ここは誤解のないようにお願いします。要はディーゼルです。かつて石原都知事が、排ガス入りの真っ黒なペットボトルを振ったおかげで、「ディーゼル悪玉論」が東京都だけでなく、日本中で叫ばれたことがありました。初代CX-5を仕込んでいたのは、まだその影響が残っていた時期でした。
※石原都知事ペットボトル事件:1999年8月27日、東京都知事だった故・石原慎太郎氏は、ディーゼル車の排ガスによる大気汚染の深刻さを訴えるため、黒いススが入ったペットボトルを記者会見で振って見せた。このパフォーマンスは「ディーゼル車NO作戦」の開始を宣言する記者会見で行われた。石原氏は「こんなものが1日12万本出ている。みんなこんなものを吸っているんだよ」と述べ、ディーゼル車の排ガスが健康や環境に与える影響の深刻さを強調した。
F:や、なるほど。石原都知事ペットボトル事件。あれは衝撃的でしたね。都だけでなく、国の環境政策にも大きな影響を与えましたから。
辻:そうなんです。日本中が「ディーゼルは汚い。ディーゼルはダメだ」という雰囲気になっていた時代の話です。ですから国内マーケの人間が、単純に食わず嫌いで柴田の企画したクルマにNGを出したわけではないんです。そこはご理解ください。
F:あの雰囲気だったら当然そうなりますよね。ディーゼルエンジンは、あたかも毒ガス発生機のような扱いでしたから。
柴:それまでは「クリーンディーゼル」という概念すらありませんでしたからね。
「マツダ地獄」改め、「マツダわらしべ長者」?
辻:これは裏話なのですが、CX-5のディーゼルは、初期段階でウチの社員がこぞって買ったんですよ。それで勢い付いたという背景があるんです。
F:マツダの社員が。