では、なぜこの時期にこれまでやっていなかった働き方を、日本政府がやり始めたのかというと、共産主義の影響だ。
当時、世界恐慌をのりきった旧ソ連の「計画経済」が注目された。国が経済発展を計画的に進めて、国民は国が規制する企業に身を投じて一生涯同じ仕事をする――。日本の政治家や官僚はそんな“ソ連モデル”を羨望の眼差しで見て採用した。ちなみに、ブラック企業でお馴染みの「ノルマ」も、旧ソ連の計画経済の用語が日本に持ち込まれた。
では、終身雇用は社会主義国家でどうなかったかというと、中国では国営企業ですら、1990年代には終身雇用をやめている。ロシアでも有期雇用契約が多くて、日本のように65歳までクビにされない終身雇用は一般的ではない。
このあたりも日本が「世界で唯一、成功した社会主義」と言われるゆえんなのだ。
ただ、先ほどの「財政規律が軽視されやすい」という問題のように社会主義にはマイナス面も多い。そのひとつは、国民が貧しくなると一気に左傾化して「暴力革命」などと言い出して、まともな話が通じなくなることだ。
これは実は戦後、アメリカが日本の「再軍備」に慎重になったポイントでもある。
朝鮮戦争が勃発した中国共産党の脅威と対峙するため、アメリカが日本を「共産主義勢力の壁」にして、再軍備を認めたというのが通説だが、実はアメリカ側は国務省など慎重な意見も多かった。この分野を研究している近畿大学・吉田真吾教授の論文から当時のアメリカの「日本理解」を紹介しよう。
《天然資源のない狭小な領土に人口が密集しているため、日本人は、摩擦を避けるために個人よりも集団を優先させる傾向が強い。日本には、強制された調和よりも個人主義をよしとするキリスト教のような倫理的・宗教的素地もない。それゆえ、日本人は全体主義・権威主義を志向しやすい。加えて、日本は地理的に共産圏に囲まれており、歴史的に見ても共産化した中国大陸との経済的つながりが深い》(日本再軍備の停滞:米国政府による不決断の過程と要因、1949年9月〜1950年8月 P148)
戦前・戦中の文学や映画作品を見てもわかるように、国民の気質というものはたかだか80年くらいで変わるものではない。つまり、今のまま国民生活が貧しいままだと、かつてアメリカが心配したような「左傾化」が一気に進んでいくかもしれないのだ。