量子テレポーテーションでクリスの量子オセロCの状態は消えて、ボブのもっていた量子オセロBに移されます。したがって転送されたものは、状態の情報です。量子テレポーテーションは物質の転送ではなく、情報の転送なのです。

 でも、ボブに転送された情報をもった量子オセロBは、クリスの持っていた量子オセロCとは違うもので、本物ではないと感じるかもしれません。そうでしょうか。ではいったい「本物」とは何でしょう。

 本物とはそれを特徴づける何かの個性(自己同一性)をもっているものとすると、量子オセロのような量子には「状態という個性」しかありません。

 もちろん量子には光子や電子など種類があって、それらは区別することができます。しかし光子同士や電子同士のような同じ種類の量子の場合、2つの量子が同じ状態をもっていればその2つを区別することができないのです。

 たとえば2つの光子をぶつけたとしましょう。その結果、2つの光子は違う方向に散乱(光・音・電波などの波動が物体にぶつかると、さまざまな方向に広がっていく現象)されますが、どちらの光子がどちらの方向に散乱されたかを区別することはどんなことをしてもできません。

「量子」とは電光掲示板の
明かりのようなもの

 日本人として2番目にノーベル賞を受賞した朝永振一郎は、このことを電光掲示板で説明しました。平面に多数の電球が並んでいる電光掲示板をイメージしてください。電球が順々に点滅することで光の線が動いているように見えます。

 いま2つの方向A、Bから直線状に明かりが近づいてきて、交差したとします。明かりがまっすぐ進んだのか、それとも交差したところで曲がったのかと問う意味はありません。そもそもが電球の点滅なのですから(図6)。

図表2:量子は区別できない同書より転載
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