自分の意志が、世界にたった一人の自分をつくる
自己肯定感を高く持てないまま成長していった有森さんだが、一方で、“何があっても自分の意志を貫く強さ”があった。高校進学のときは、「成績が足りない」という理由で、担任の先生が志望校の受験に反対し、入学した高校では「実績が足りない」という理由で陸上部への入部を断られたが、有森さんは一歩も引き下がらなかった。
有森 もし、先生が薦める高校を受けて合格できなかったら、それは「先生のせい」、入学して楽しくなかったら、それも「先生のせい」と思ったでしょう。そんな「他人のせい」にする生き方は嫌(いや)なんです。陸上部への入部を断られたときも、私は粘りました。諦めるか諦めないかは、周りがコントロールすることではありません。相手がどう反応しようが、諦める理由がなければ、私は自分の意志を貫きたい。自分の意志を周りの人から反対されたら傷つくでしょう。でも、傷ついて諦めるようであれば、そもそも、その程度の夢だったということ。強い意志があるからこそ、周りの人が動いてくれる。私の意志が、世界にたった一人の“有森裕子”をつくるのです。
走ることにおいては、高校でも大学でも大きな結果を残せなかった有森さんだが、大学卒業時には、リクルート・ランニングクラブの故小出義雄監督に入団を直談判した。小出監督は、実績のない有森さんにあきれながらも、「その、“根拠のないやる気”にとても興味がある」と、有森さんの意志を認めてくれたという。
そして、チーム(リクルート・ランニングクラブ)に加入――有森さんの夢は、生まれ故郷である岡山県の代表として国民体育大会(国体)に出ることだったが、最終選考で事件が起きた。
有森 なんと、マネージャーが私の選手登録を忘れていたのです。しかたなく、 “手書きのゼッケン”で走って念願の1位を勝ち取ったものの、未登録だったので国体には出られませんでした。選手登録を忘れられてしまったのは、私が有力選手ではなかったから。でも、実力がないのに実力主義のチームに押しかけたのは、ほかでもない私自身。結局は、自分の責任です。こうなったら、何としても実績をつくるしかありません。「とにかく、いまは結果を残すこと。実績を積むだけ」と自分に言い聞かせて練習に打ち込みました。成績が良くなったのは、その頃からです。怒りや悲しみといったマイナスな感情をプラスに変えていく──国体最終選考の一件は、私を成長させてくれました。
