ところが、いよいよ営業に出る態勢は整ったものの、肝心の訪問先のドクターの紹介がない。社長に尋ねてみると「もう少し待ってよ」と言う。そんな日が続いたところで心配になった私はパート女性に聞いてみた。
「医師会と提携していてドクターの紹介があるって聞いてたんですけど、それはどうなっているんでしょうか?」
「……ごめんなさい。社長はそんなふうに言ったかもしれないけど、うち医師会と提携しているわけじゃないんだよね」
ええ! 紹介先に行くのがメインと聞いたから入社を決めたのだし、話が違う。そう思ったものの「それなら退社」という決断には至らなかった。試験勉強をさせてもらった恩もあり、せっかく得た機会を前向きに捉えて、なんとか自分で仕事を作っていこうと考えた。
銀行時代、新規開拓の業務にやりがいを見いだしていた。融資取引のない法人に営業をかけ、融資を実行する仕事には醍醐味があった。こうなったら、自分で開拓していくだけだ。私は腹を決めた。
各都道府県庁には医療法人を管轄する部署がある。愛知県であれば「医務国保課*(現在は医務課)」がそれだ。そこに行くと全医療法人の決算書を閲覧できる。私は愛知県の医療法人に狙いを定め、売上げや利益をメモし、「自家製アタックリスト*」を作り上げた。このリストをもとに突撃訪問し、「生命保険を使って節税しませんか?」という提案を行なう。
あらかじめ電話でアポ取りをしようとしても、どこの馬の骨ともわからぬ会社名では取り次いでもらえない。それなら直接突撃したほうが手っ取り早いと踏んだ。午前診療が終わる間際か、夕診が始まる前に訪問して受付で名刺を渡す。院長に確認してくれるところもあれば、その場でお断りとなることもあった。それでも訪問先の3割ほどは院長と面談の機会を得られた。
面談に持ち込み、節税対策としても使える「逓増定期保険*」をアピールし、契約に結び付ける。私は少しずつ成績をあげていった。面接時の約束など忘れたかのように、社長からは「半沢君はよくやってくれている」と評価してもらった。