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旅館の宿泊と食事を別立てにする「泊食分離」は、訪日外国人客のニーズに合わせようと観光庁が推進する施策だ。旅館業界では慢性的な人手不足と相まって、大きなトレンドとなっている。しかし、その流れに「待った」を掛けたい。日本の伝統文化を、そう簡単に捨てていいのだろうか?伊豆の老舗旅館を事例に、インバウンドの罠を考える。(ホテルはまのゆ代表取締役 鈴木良成)
「泊食分離」は旅館の魂を失わせる
最近、旅館業界では「泊食分離」という言葉をよく耳にするようになりました。宿泊と食事を切り離し、素泊まり中心で運営するスタイルです。効率化や人手不足の解消という面では理解できますが、私はこの流れが加速することに強い危機感を抱いています。
なぜなら、泊食分離が広がるほど、旅館という業態が本来持っていた「個性」や「文化」が失われてしまうからです。設備や立地だけで勝負するようになれば、大資本による画一的なホテル型経営が温泉地を席巻し、地域ごとに特色ある旅館が淘汰されてしまいます。実際、個性ある宿が一軒、また一軒と姿を消しています。
昔ながらの旅館経営者の中にも、やむを得ず泊食分離に踏み切る人が増えています。その多くは、食事を出すための調理人や仲居を確保できないなど、昨今の人手不足に追い詰められた結果です。最初から「泊食分離で勝負しよう」と考えたわけではなく、「続けられないから仕方なく」という苦渋の選択なのです。
しかし、旅館の真価は「食」と「人」にあります。どんなに立派な建物を建てても、料理と接客が伴わなければリピーターは付きません。地方の旅館が安定的に利益を上げるためには、繰り返し足を運んでくださる常連のお客さまをいかに増やすかが鍵となります。その決め手は、建物ではなく料理であり、温もりのある人とのコミュニケーションなのです。
「またあの味を楽しみたい」「あの仲居さんに会いたい」と思ってもらえることこそ、旅館経営の原点だと私は考えています。







