通常の食事でのカプサイシン摂取量は最大でも5mg/kg体重程度なので、ヒトのNOAELは超えていないようだが、「激辛チャレンジ」ともなると、「通常の食事」を超える量を摂取してしまうことがあるだろう。

 ドイツ連邦リスク評価研究所は、カプサイシン含有量が100mg/kgを超える食品(一般的なタバスコソースが該当)には辛さを示す注意書きをつけて、少量ずつ出る容器を使用することを推奨している。

 さらに、カプサイシン含有量が6000mg/kgを超える食品(ドイツで市販されている特殊なチリソースが該当)については、安全な食品かどうかを個別に検討することを推奨した。これらを激辛食品の基準値と見なすことができよう。

カプサイシン含有量よりも
スコヴィル値が支持される謎

 しかし、「食品の辛さ」の指標には「スコヴィル値」を使っているのに、「辛さの基準値」には「カプサイシン含有量」を使うというのは、どうにもややこしい話である。健康影響を考えるには、スコヴィル値からカプサイシン含有量に変換する必要がある。

 というよりも、スコヴィル値はそもそも、機器分析が使えなかった時代に官能評価によって辛さを測定していたものであり、現在では機器分析でカプサイシン含有量を定量できるのだから、スコヴィル値はすでにその役目を終えていて、カプサイシン含有量に統一すべきであると言えるのだ。

書影『世界は基準値でできている 未知のリスクにどう向き合うか』(永井孝志、村上道夫、小野恭子、岸本充生 講談社)『世界は基準値でできている 未知のリスクにどう向き合うか』(永井孝志、村上道夫、小野恭子、岸本充生 講談社)

 にもかかわらず、いまもなおスコヴィル値は使われつづけていて、カプサイシン含有量からわざわざ次の式で換算されているのだ(ただし換算係数の16という数字にはある程度のばらつきがある)。

 カプサイシン含有量(mg/kg)×16(kg/㎎)=スコヴィル値

 ならばせめて、スコヴィル値とカプサイシン含有量を併記すればよいのだが、先に紹介したコーデックス委員会によるスパイスの分類に関する規格(トウガラシやパプリカの基準)では、当初の案では併記されていたものの、その後の議論で多くの国がスコヴィル値を支持し、なんと、カプサイシン含有量のほうが削除されることとなったのだ。

 スパイス業界が慣れ親しんだスコヴィル値がなくなるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。