“寅さん以前”の渥美清さん
浅草での座長時代

黒柳 はい。フランス座とか、それほど大きなところじゃないらしいんですけれどね。渥美さんは座長だから、うなぎの寝床みたいな楽屋の一番奥に座るんですって。中綿が出ているようなお座布団を敷いて、部屋着みたいなものを着て。

 それで一番端っこにいる若い人に「おい、行ってこい!」と言う。焼酎かなにかを買いに行かせるのね。若い人が慌てて瓶を抱えて行こうとすると、「おいおい嫌だねえ、馬鹿だね。むき出しで行くんじゃないよ、隠していくんだよ。着物に瓶を隠さないと、酒買いに行くってみんなにわかっちゃうじゃないか。思いやりが足りないよ」なんて。

山田 そうか。僕が渥美さんと付き合っている頃にはもう一滴も飲まなかったからね。その頃は、よっぽど飲んでいたんだ。

豪快に飲み、体を壊して
入院先に踊り子さんたちがお見舞いに

黒柳 すごかったみたいですよ。買ってきたお酒をお寿司屋さんにあるような湯呑(ゆの)みにダバダバッとあけて、ガーッと飲んでね。「さあ行くか」と。それで舞台に出て行って、たくさん笑わせて帰ってきたんだと聞きました。

 お酒で体壊して、入院したこともあったとか。ストリッパーの踊り子さんたちが、みんなお見舞いに行ったんですって。そしたらね、新聞に出たんですってそれが。クリスマスに浅草のコメディアンが病気になったので、踊り子たちがお見舞いに行っていると、なんて優しいことだろうみたいなね、そんな記事。それは渥美さんが無名の時代のことでしょうね、きっとね。

山田 ひとかどの俳優になる前ですね。

黒柳 そうです、そうだと思います。その話はもう、ずいぶんしばらく経(た)ってから谷さんから聞いたんだけど、渥美さんはただの一度もそんなこと言ったことないです。

山田 渥美さんはね、絶対に自分の自慢をしないです。

黒柳 そうでしたね。

一人でおしゃべりし続けて
延々と笑わせる、凄まじい力

山田 浅草の劇場では、渥美さんが登場するだけでいっぱいの観客が、ワーッと沸いたそうですね。それから20分でも30分でも、一人でおしゃべりをして延々と笑わせ続ける。凄(すさ)まじい力があったんですよ。

黒柳 ストリップとストリップの間にね。谷さんに「渥美さん、そんなにすごかったの?」と聞くと、「とにかくすごかったんだ」と言っていましたね。