その結果、導入企業数は瞬く間に目標を達成しましたが、2年目、いざ有償化を打診すると、多くの顧客から「無料だから使っていた」「そこまでお金を払う価値は感じない」と、次々に解約されてしまいました。無償で提供したがゆえに、顧客に対価を払う価値が伝わっていなかったのです。LTVはほぼゼロなのに、顧客獲得コスト(CAC)だけがかさみ、有望だったはずのプロダクトは静かにサービス終了を迎えました。

無視された
「事業の生命線」とは

 なぜA社は失敗したのか。理由は、収益化を後回しにした曖昧なビジネスモデルにあります。導入数という「見栄えの良い数字」を追うあまり、LTVという事業の生命線を無視してしまったのです。これは短期的な損益数字を重視しすぎて長期的な価値構築への投資を怠る、多くの日本企業が陥る罠そのものです。

 またプライシング(価格設定)が、プロダクト開発チームではなく、旧来の営業部門や財務部門の専任事項になっていたことも問題でした。顧客価値とかけ離れた「値付けの会議」が繰り返され、プロダクトのポテンシャルを最大限に引き出す価格戦略が描けずにいたのです。

 仮にA社が初年度から、基本機能は安価な(あるいは無料の)プランで提供しつつも、より詳細な分析や自動最適化などの明確な価値を持つ上位機能を有償プランとして設定し、アップセルの導線を設計していれば、状況は違ったはずです。顧客は「無料だから使う」のではなく、機能の価値を実感した上で「納得して対価を支払う」ようになっていたでしょう。顧客のROI(投資収益率)を共に計測する仕組みも設けていれば、持続的に「納得できる有償利用」が顧客の組織で定着し、まったく違う未来があったかもしれません。

 こうした状況を打破し、真の変革を始めるためには、短期的な売り上げ目標だけでなく、LTVやCACといった構造的な指標に基づいてプロダクトへの投資を判断するトップのコミットメントが不可欠です。