まず、医療情報の提供は各国ごとに制度(A)の違いがあります。

 例えば、日本では医療用医薬品を一般向け(医療関係者以外)に広告することが禁止されています。一方、米国では合法です。このように医療分野は各国ごとに細かい規制ガイドラインの差異が存在し、参入時に対応コストが発生します。

 医療は歴史のある業界なので、商慣習などの文化(C)も変わってきます。

 2001年に日本製薬工業協会が公開したレポートでは、MR一人当たりの医師数は日本が約4人、米国が約12人と大きな違いがありました。それだけ日本では、MRと各医師との密な営業コミュニケーションが求められていました。ポイント配布による会員囲い込みも、ポイント好きとされる日本人の国民性に合わせたものといえます。

 つまり、医療関係者間の情報・マーケティング領域という市場は、各国の制度・文化の対応コストが発生するため、グローバルで標準化しにくい市場だったのです。

 エムスリーは、ビッグテックや海外同業が参入しにくい市場に早期参入し、会員ネットワークを押さえ、ビジネスを盤石にしてきたということです。

なぜ海外で成功できたのか
エムスリーが見つけた「勝ち筋」とは?

 となると、次は「なぜエムスリーは海外進出に成功しているのか」という疑問が浮かんできます。

 これについて考えるとき、私は以前取材したエムスリー元幹部のある言葉を思い出します。

 同社のM&Aを担当していた元幹部は、「順番を間違えないことが重要だ」と話していました。

 元幹部によれば、まず(1)各国ごとの医師会員ネットワークを持った企業を買収することから始め、(2)買収先のスタッフの意見を取り入れながら次のM&A先を探し、(3)各国ごとの会員基盤の上に徐々に事業を構築していく(場合によってはエムスリーの成功モデルを移植していく)というのが王道のスタイルだといいます。

 海外で医師会員ネットワークを自前で新規構築しようとすると、文化・制度の壁に真正面からぶつかります。だからこそ、ネットワークを持っている既存プレイヤーを買収し、その国の医療業界の「解像度」を上げたのちに、事業を積み上げていく。

 エムスリー独自の、CAGEの壁を突破する「勝ち筋」はそこにあったのです。

 加えて、エムスリーが戦う領域は、ビッグテックが参入しても儲かりにくい小規模な「ニッチ」市場である点も見過ごせません。

 買収の競合として、またエムスリーの買収者としてビッグテックが現れなかった理由は「ニッチ」だったためと考えられます。

 エムスリーの海外進出は、標準サービスを一気に世界へ広げるタイプのビッグテックとは異なる、ニッチトップのグローバル展開戦略といえるでしょう。