泣き声を表す言葉たち
声をあげて泣くのは女性だけ?
では、女性の泣き声の例を挙げておきましょう。
母はもうおいおいおいおい声をたてて泣いている。(『野菊の墓』現代日本文学大系所収)
政夫の母は、民子を死に追いやったのは自分だと思い込んでいる。そのため「おいおいおいおい」と声をあげて泣いています。周りに人がいるのもかまわずに。
また、政夫の想い人の民子も、大声で泣いています。
叱ったそうで、民子は溜まらなくなってワッと泣き伏した。(『野菊の墓』現代日本文学大系所収)
政夫との仲を裂かれて傷心の民子は、言いつけられた仕事をするのを忘れて、政夫の母にひどく叱られて、「ワッ」と声をあげて泣き伏した。人が聞いているのもかまわずに、声をあげて泣いている。民子はこの後、夜中にも、次のように泣き続けています。
母も夜時々眼をさましてみると、民子はいつでも、すくすく泣いている声がしていたというので、今度は母が非常に立腹して、(『野菊の墓』現代日本文学大系所収)
「すくすく」は、かなり珍しい擬音語ですが、「しくしく」とほぼ同じ意味の語。声は大きくはないが、隣の部屋まで聞こえるくらいの大きさです。他者に聞かれることを気にせずに泣いています。
こんなふうに、女性たちは「おいおいおいおい」「ワッ」「すくすく」と、周囲に聞こえるような声を立てて泣いています。女性は、人前で声をあげて泣いても許されていることが分かります。
それに対して、男性は、人前で大声をあげて泣く例は現れません。声をあげて泣いてはならないという認識がある証拠です。さらに、その認識は、次のような場面でも確認できます。
母の手前兄夫婦の手前、泣くまいとこらえて漸くこらえていた僕は、自分の蚊帳へ這入り蒲団に倒れると、もう溜まらなく一度にこみ上げてくる。口へは手拭を噛んで、涙を絞った。どれだけ涙が出たか、隣室の母から夜が明けた様だよと声を掛けられるまで、少しも止まず涙が出た。(『野菊の墓』現代日本文学大系所収)
母や兄夫婦といった親族にも、泣いていることを知られまいとぐっとこらえていることが分かります。さらに、不覚にも出てしまうかもしれない泣き声が漏れ聞こえないように手拭いを口に噛んでいます。男は、泣くものではないという確固たる認識があったからです。







