男が泣いてはならないのはなぜ?
時代背景から読み解く
また、こうも記されています。
「そのお手紙をお富が読みましたら、誰も彼も一度に声を立って泣きました。あれの父は男ながら大声して泣くのです。」(『野菊の墓』現代日本文学大系所収)
「男ながら」という言葉があることから、男は人前で大声を出して泣いてはならぬという一般常識があったことが分かります。
また、『野菊の墓』より少しだけ前に出た『金色夜叉』(注2)を調べてみても、同じ結果になります。女のお宮は「よよ」と泣き声をあげています。「宮は俯きてよよと泣くのみ」(『金色夜叉』の「続金色夜叉」第二章)のように。
ところが、『金色夜叉』に登場する男性たちは、誰一人声をあげて泣いていない。予期に反して泣き声が漏れてしまうことはありますが、普通は、どんなに悲しかろうが、涙を滴らせるだけです。つまり、男性に対しては、擬音語が使われずに、密かに泣く様子を写す擬態語だけが使われているという状況です。
田山花袋の『田舎教師』『重右衛門の最後』『蒲団』(注3)、あるいは、夏目漱石の『吾輩は猫である』『倫敦塔』『薤露行』『坊ちゃん』『草枕』『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『行人』『こころ』『明暗』(注4)、少し時代の下った有島武郎の『或る女』(注5)を調べてみても結果は同じ。男は、誰1人として、人前で声をあげて泣いていないのです。
明治時代以降、男性は、人前で声をあげて泣くのはもってのほか、涙をこぼすのも体裁の悪い行為。涙も出さずにぐっとこらえるのが男なのだという認識があったことが分かります。
家父長制のもとにあっては、強い男性像が求められていたのです。
それに対して、女は、人前で声をあげて泣くことが認められていた。庇護されるべき弱い存在であるという認識があったわけです。
(注2)尾崎紅葉『金色夜叉』(明治文学全集18『尾崎紅葉集』筑摩書房)
(注3)田山花袋『田舎教師』『重右衛門の最後』『蒲団』(現代日本文学大系11『國木田獨歩・田山花袋集』筑摩書房)
(注4)夏目漱石の『吾輩は猫である』『倫敦塔』『薤露行』『坊ちゃん』『草枕』『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『行人』『こころ』『明暗』は、『作家用語索引 夏目漱石』1巻~14巻ならびに別巻(教育社、1984年~1986年)を使って調査した。
(注5)有島武郎『或る女』(現代日本文学大系35『有島武郎集』筑摩書房)








