続いて香港政府の高官たちや香港警察、さらには中国政府系国内メディアが警戒の言葉を発し始めると、手弁当で団地付近で展開されていた大規模なボランティア支援物資供給センター活動も一晩のうちに姿を消してしまったのである。

火災の論点を避けた選挙戦

 そして、その号令とほぼ同タイミングで選挙戦が再開された。だが、候補者たちは被災者への慰安やその支援の継続を口にはするものの、この火災を引き起こした制度や過去の政府によるネグレクトなどを含めた原因究明を本格的な論点にする者はいなかった。
 そうして行われた選挙の結果は、今後の香港の政治運営が市民の思いからさらにもっと離れたものになっていくことを明示するものとなった。

 まず、以前の記事で触れた五輪金メダリスト、「フェンシングの女王」江旻ケイ(ビビアン・コン、「ケイ」はりっしんべんに「恵」)元選手の動向について触れておく。

 立法会は全90議席のうち、20議席が市民有権者の直接選挙枠、30議席が産業界や所属分野(文化やスポーツなど)、公職機関などの代表者がそれぞれの分野ごとに選ぶ「功能組別」枠、残る40議席は全ての候補者にとって必須の推薦者である「選挙委員」から選ばれるという3枠構成になっている。

 江選手は本来なら「功能組別」のスポーツ枠から立候補すべきだったが、同枠には国籍制限が設けられており、カナダ国籍の彼女は出馬できなかった。その後、知名度抜群の彼女を担ぎ出そうとした黒幕たちは、彼女が勤め先で対外交流部にいるというだけで国籍制限のない旅行業界枠に送り込んだ。その結果、同選手は131票で圧勝、当選を果たした。

 だが、この結果に素直に納得できる人はそれほどいない。対立候補の馬軼超氏はそのプロフィールによると、旅行社のカウンター職員から始めてすでに業界で27年も経験を積んできたという。なのに旅行業界での従業経験が全くない江さんが「特例」により突然降臨して立候補、さらに業界有権者(主要企業や組合の代表者たち)から馬さんの6倍以上の得票で当選したのである。本来なら「功能組別」は業界利益を立法会に反映させることを第一目的としているが、今回は旅行業界全体がその業界経験よりも「お上の推薦」を支持した形となった。