僕が研究者になりたての頃は、研究費の申請書に「研究の有用性」について書かされたものですが、ハエや蛾の研究が将来どう人の役に立つかなんて分かるわけがない。学生は何でもいいから好きなことを突き詰めた方がいい。親はそれを見守ることですよ。

――生成AI(人工知能)が世の中の仕事の在り方を根本から変えようとする中で、若者たちは「自分らしさ」をどうつくっていけばいいですか。

 自分らしさなんて本来は要らないものです。僕は学生に「誰も君を他のやつと間違えないよ」と言っている。自分らしさはひとりでに出てくるもので、無理して出すものでも何でもない。面接官に聞かれたら「あなたは自分らしさが分かりますか?」と聞き返せばいいですよ(笑)。

大震災が起きた先の世界を
生きる準備をしておくべき

――これから社会人になる若者が、心得として持っておくべきものは何でしょうか。

 ちょっと話が大きくなりますが、もうすぐ世の中が思い切り変わるだろうという意識は常に持っておく方がいいと思います。

 今、地球は500年続く変動期に入っていると地質学者は言ってます。地震があり、噴火があり、気候変動がある。

 政府の地震調査委員会は今後30年の間に南海トラフ地震が起こる確率を60~90%としています。地震学者の尾池和夫教授は南海トラフ地震の発生年を2038年ごろと予測しています。

 地震がいつ来るかには議論がありますが、いつか分からないだけで「来るに決まっている」と言うしかない。

 それも遠い将来ではない。そうなると「息子・娘を入れたい会社」がどうなるのか分かったものではありません。会社が残るかどうかも分からず、日常生活を維持するのも大変な事態になる。そんなときにいい会社かどうかなんて、意味がないのです。

 つまり、今の社会と生活が維持される前提で将来を考えることをやめた方がいいのです。

 かといって天災におびえて日常生活を妨害されるようではいけない。むしろ、日々体を鍛えることで、住む環境や世界が変わっても驚かない訓練をした方がいいでしょう。

養老孟司氏近著養老孟司
ようろう・たけし/解剖学者・評論家。東京大学名誉教授。1937年生まれ。人体解剖や脳科学に精通し、著書『バカの壁』で広く知られる。自然との共生や現代社会への鋭い批評でも注目を集めている。昆虫採集・標本収集を生涯のテーマとし、取材が行われた箱根の別荘には「養老昆虫館」と呼ばれる標本コレクションを構えている。