日産のブランド栄枯盛衰
消えては復活した「ダットサン」
ロゴを変える流れと自動車メーカーとしての浮き沈みがリンクするケースといえば、日産自動車だ。1934年に鮎川義介率いる日産コンツェルンの自動車メーカーとして設立された同社は、戦後は66年にプリンス自動車を吸収合併することで、日本の自動車メーカーのトップに躍り出た。
創業期は他社の小型車「ダットサン」の製造権を引き継ぎ量産したことから、ダットサンが日産の小型車ブランドとなった。日本に本格的なマイカー時代をもたらした「ダットサン サニー1000」は66年の発売。日本だけでなく海外でも「DATSUN」で親しまれた。
このダットサンのロゴといえば、赤い日の丸と太陽をベースに天空をモチーフにしたコバルトブルーを入れ、真ん中に横書きで「DATSUN」と書かれたもの。鮎川氏の「至誠天日を貫く(強い信念があれば、その想いは太陽をも貫き、必ず道は開ける)」という思いを表している。
DTASUNのロゴ
つまり、日産にとってダットサンは、ブランドとして大きな意味合いを持っていた。特に海外進出はNISSANよりもDATSUNのほうが浸透していった。ただし当時、海外ではダットサンと読まれずに「ダッツン」が通用していたそうだが……。ともあれダットサンは日産のルーツであり、日本の自動車産業の発展と共に歩んだブランドと言える。
しかし、80年代に入ると様子が変わってくる。81年にDATSUNブランドは廃止され、83年の日産創立50周年を機にNISSANロゴをリニューアル。89年には米国で高級車ブランド「インフィニティ」を立ち上げた。







