高等部からの入学者募集はなし
卒業生の多くは他大学を受験
東洋英和女学校は1884年、カナダ・メソジスト教会(現在のカナダ合同教会)の婦人ミッションから派遣された宣教師によって設立された。戦後の学制改革による新学制の実施により、幼稚園、小学部、中学部、高等部などに改組され、50年に短大が、89年には大学が開学された。
校地があるのは東京・港区の六本木地区(大学のキャンパスは横浜市緑区)。六本木といえば、都内でも指折りの繁華街だが、東洋英和の校地はそこから徒歩10分ほどで、周辺はうって変わって静かなお屋敷街だ。
旧校舎は1933年に完成した。設計したのは、ウィリアム・メレル・ヴォーリズだ。米国に生まれ1905年に英語教師として来日、日本で多くの西洋建築の設計を手掛け、社会事業家でもあった人物だ。旧校舎は93年に取り壊されてしまったが、ヴォーリズ設計の意匠を生かし現在の中学部・高等部の外観として、その美しい姿を今に伝えている。
高等部からの入学者募集はない。1学年約200人の生徒たちは中学部からの6年間、一緒に過ごす。小学部から入学していれば12年間だ。幼稚園からだと15年間になる。
大企業サラリーマン、医師、大学教員、自営業者、芸能人など生活の苦労があまりない家庭に育った、いわゆる「良いところのお嬢さん」たちの学校というイメージが強い。
キリスト教に基づく教育をしており、大講堂でパイプオルガンの奏楽で始まる礼拝を毎朝行い、週に1回は聖書の授業がある。
設置学科は普通科のみだが、学院内では課外授業としてピアノ科、オルガン科、器楽科などを開いている。これが功を奏し、後年、楽器奏者や音楽家として大成する卒業生をたくさん生んでいる。
スクールカラーはガーネットとゴールド。英国の水兵のセーラー服をアレンジした制服が、夏服・冬服ともに定められている。これまで、制服廃止の動きなどは全くなく、この制服に憧れて入学してくる生徒も多い。
生徒の大半は東洋英和女学院大学に進学せず、他大学を受験する。25年春の大学入試(25年4月入学)では、現役・浪人合わせ、東京大、一橋大、東京芸大各1人、北海道大2人が合格した。24年春の実績では、東京大3人、京都大1人だった。
多くは私立大に進学する。25年度の進学者は浪人も含め、慶応大20人(合格者は延べで27人)、早稲田大13人(27人)、上智大9人(27人)などだ。25年3月の卒業生数は181人だった。うち医学部医学科に入学した生徒は、国公立・私立を含め計12人だった。最近は、海外の大学への進学者もいる。(敬称略)
(フリージャーナリスト 猪熊建夫)







