事例で読み解く!経営・ビジネスの深層Photo:Bloomberg/gettyimages

ここ数年、企業の間で「資本コスト」を意識した経営が浸透し始めている。端を発したのは、2023年の東京証券取引所による要請の公表だ。投資家の関心も高く、もはや「資本コスト経営」は経営者や、幹部を目指す管理職にとって避けて通れない課題となった。連載『事例で読み解く!経営・ビジネスの深層』の筆者の原稿では、全5回にわたって資本コスト経営の本質を解き明かしていく。今回は、資本コストのおさらいと、東証の要請の本質的な意味について解説していく。(プルータス・コンサルティング代表取締役社長 野口真人)

経営者に突き付けられた
「東証からの難問」

 2023年3月、東京証券取引所(東証)が公表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」は、日本企業の経営企画やIRの現場に静かな、しかし確実なパニックを引き起こした。

 この要請は、要するに「経営者は自社の資本コストを把握し開示し、それを上回る結果を出しなさい」という内容だが、東証の公表資料のどこを見ても肝心の資本コストの具体的な算出方法は明記されていない。

 多くの実務担当者からは、「いっそのこと、東証が資本コストの計算式を公式に発表してくれれば楽なのに」という怨嗟の声すら聞こえてくる。経営者もまた、投資家との対話の場で「自社の資本コストは幾らか」と問われることとなるため、担当者の問題と高をくくっているだけでは済まされない。

 しかし、東証があえて具体的な計算式を示さなかったのには明確な理由がある。全上場企業に一律に当てはまる単純なメソッドなど存在しないからである。

 もはや、経営者にとって資本コストを意識した経営は避けて通れない問題だ。「資本コストが分からない」では、上場企業の経営幹部、いや、管理職すら務まらない時代が来ている。本連載の筆者の原稿では全5回にわたり、難解と思われがちな「資本コスト」を解きほぐし、経営者が企業価値を向上させるためにはどのような施策が求められているのか、実践的な知恵を提供していく。

 第1回となる今回は、そもそもなぜ今「資本コスト」がこれほどまでに叫ばれているのか、その背景について解説していこう。資本コストのおさらいから、東証の要請の本質的な意味に、さらには経営者と投資家の間に横たわる「決定的な認識のズレ」について解きほぐしていく。実は、東証の要請は「株価を上げよ」という単純な代物ではない。従来の経営者にこびり付いた、“PL志向の経営”の転換をうながす重大なメッセージなのだ。どういうことか。