ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】#55Photo:JIJI

昨年、サントリーホールディングスで10年ぶりに創業家出身者がトップに就任する“大政奉還”があった。創業120年超の歴史を誇る日本屈指の同族企業、サントリーの足跡をダイヤモンドの厳選記事を基にひもといていく。連載『ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】』の本稿では、「週刊ダイヤモンド」2010年2月20日号の記事「内向きの論理で統合破談 キリン・サントリーの前途多難」を紹介する。キリンホールディングスとサントリーホールディングスは09年7月に経営統合に向けた本格交渉に入ったが、それからわずか半年で破談となった。当時、佐治信忠社長は「(キリンが)ルビコンを渡ってくれなかった」と漏らしていた。記事では、統合交渉の壁となった「内向きの論理」について解説している。(ダイヤモンド編集部)

キリン・サントリーの統合が破談
統合比率や資産の評価が障害に

 キリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合交渉が破談した。

「売上高約4兆円、世界で戦える食品メーカーの誕生」と期待を集め、規模で海外企業に劣る日本の産業界全体の再編機運も高まっていただけに、その影響は大きい。

「週刊ダイヤモンド」2010年2月20日号「週刊ダイヤモンド」2010年2月20日号

 統合交渉の障害となったのは、下交渉(ほぼ対等の合併)とは異なった、キリンによる統合比率(キリン1に対してサントリーが0.5)の提示、キリンの医薬品事業やサントリーの文化事業など互いの資産の評価に対する食い違いだ。